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【今日コレ受けvol.110】感情の授業

7時に更新、24時間で消えてしまうショートエッセイ「CORECOLOR編集長 さとゆみの今日もコレカラ」を読んで、「朝ドラ受け」のようにそれぞれが自由に書くマガジン【今日コレ受け】に参加しています。


忘れられない授業がある。
中学校の音楽。
ミュージカルが大好きで『ロミオとジュリエット』など“不朽の名作”と言われる作品をよく見せてくれたN先生の授業だ。当時はおそらく、もう定年間近。若き日はジャズプレイヤーとして活躍されていたという。

でもそんなふうには見えない、とても物静かな先生。けれど、一人ひとりの音楽的な長所を見抜き、「ここがいい」と伝えてくれる方だった。
音楽の楽しさを教えてくれた恩師だ。

先生の指導を受けて、私達のクラスは学内音楽コンクールに向け、自主的に「朝練」するほど合唱にはまった。そして、見事優勝した。
たぶんそんな私達に、先生も愛着を持ってくれていたと思う。


ある日の授業中、突然語り出したのは弟さんの話だった。
なんの前置きもなく。

音楽の才能に恵まれていたが、挫折し、若くして亡くなられたそうだ。
先生が部屋に駆けつけたとき、部屋の隙間という隙間に、びっしりとガムテープが貼られていたという。丁寧に。きちんとまっすぐに。

「これを1枚1枚貼っているとき、弟は何を考えていたのだろうと思うんです」

思うんです、だった。
思ったんです、ではなく。
先生の一部は今もその部屋にいるのだ。

肩が震えておられた。でも、涙はなかった。きっと、こらえていたのではないか。全力で。

「だからみなさん、命を大切に」

そんな言葉はなかった。
けれど先生は、残された家族の悲しみを、数十年経っても癒えない感情を、私達に見せてくれた。

そのとき頭に浮かんだ、ガムテープが隙間なく貼られた部屋を、今も時々思い出す。どんなに辛いことがあっても、あんな光景を見せてはいけないと思う。大切な人たちに。

言葉ではなく、流れ込んできた感情に、姿に、学ばせていただいた。
N先生に今も深く感謝している。


書きながら先生にお会いしたくなって検索してみたところ、プロフィールがでてきた。89歳。今も吹奏楽団の顧問を続けておられるようだ。

お元気そうで良かった。
ホッとすると共に、改めてプロフィールを拝見して驚いた。そこには中学校で先生に出会ったたくさんの教え子が、著名な歌手やミュージシャンになっている経歴が紹介されていたからだ。

音楽の伝道師だったんだ。本物の。
でも、きっと教えられたのは、音楽だけではない。

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