データ分析・活用の事例を分析する:小売におけるクロスMDと同時購買分析 (バスケット分析) その1 クロスMD施策を行いたい動機の発生
分析屋の下滝です。
本記事のシリーズでは、データ分析・活用だと思われる事例を分析しながら、我々はどのような活動をデータ分析やデータの活用だと呼んでいるのかを考察していきます。
なお、データ分析の各種の枠組みを分析していくという別観点のシリーズは以下を御覧ください。
過去の事例記事の一覧はこちら。
過去の事例分析を整理した記事はこちら。
事例の概要
今回の分析の事例は、例題を用いたものとなります。
今回と次の何回かは、小売における同時購買分析(バスケット分析)を扱い、そのプロセスをこれまでのプロセスパターンでどのように表現できるのかを確認していきます。
プロセスパターンに関しては以下の記事を御覧ください。
バスケット分析は、小売においては、クロスMD(マーチャン・ダイジング、関連陳列とも呼ばれる)の施策に使われます。クロスMDは、店頭における販売促進施策の一つで、あるカテゴリの商品の購買力を活用して、そのカテゴリと関連性のあるカテゴリの商品をそのカテゴリの近くに陳列することで(売場を借りることで)、買上点数を向上させるというものです[1]。クロスMDの例としては、「カレールー」の売場に「福神漬け」を関連陳列させるのは代表的なクロスMDとなります[3]。クロスMDにより、買い忘れを防止したり、新たな組み合わせを想起されることで購買を促すことができます。
他にもクロスMDの種類と例としては、次のようなものがあります[3]。
・定番系クロスMD:かゆみ止めと殺虫剤、冷却シートと体温計
・気づき系クロスMD:生理用品と貧血改善薬あるいは鎮痛剤
・提案系クロスMD:脂肪燃焼系ドリンクとペットの散歩グッズ
クロスMDを企画実施する視点から考えると、あるカテゴリの商品が買われるときに同時に買われる可能性が高いカテゴリの候補を見つけられると、望ましいということになります。同時購入されているかどうかは、一つのレシート(バスケット)内にその商品たちが同時に買われているかどうかで分析します。
クロスMDの施策を行うにあたってのID-POSデータ(ID付き購買データ。誰が、いつ、何を、どこで、いくつ、いくらで買ったのか)の役割は以下となります[3]。
・クロスMD企画立案時
クロスMDの組み合わせ仮説の立案(同時購買率とリフト値の算出)
・クロスMD企画の実施後
売上実績の評価(POSデータと併用活用)、クロスMD対象商品間の同時購買率の確認、クロスMD反応顧客の店舗購買金額の確認
今回の分析では、1つ目の「クロスMD企画立案時」のプロセスを対象とします。このプロセス内で、同時購買分析(バスケット分析)が行われることになります。
では、例題をもとにプロセスを確認していきます。
クロスMD企画立案
今回の例題は、文献[1]と[2]の解説を組み合わせたものとなります。クロスMD企画立案は、大きくは以下のステップからなると考えました。
1.クロスMD施策を行いたい動機の発生
2.軸商品(軸カテゴリ)の選定(仮選定)
3.相手商品(相手カテゴリ)の選定(仮選定)
3.1.同時購買分析により相手商品の候補を抽出
3.2.同時購買率とリフト値の基準により候補を選定
4.軸商品と相手商品が同時に買われる理由の解釈
文献[1]によると、まず軸商品を選定し、次に相手商品の選定を行うと計画が立案しやすいと書かれています(スッテプ2と3)。文献[2]では、同時買われる理由を解釈するプロセスが解説されています(ステップ4)。
以下では、上記のステップをプロセスパターンで表現することを試みたいと思いますが、まずは仮に表現できそうなところを考えてみます。クロスMDは施策であるとした場合、次のように表現できると考えました。
ここで「施策を生み出すプロセス」のインプットとなる要素は何でしょうか。前回の記事の具体的な事例をもとに参考にできるか考えてみます。
以下の図はステップ3が終わった時点までを示しています。「非課題知識」の要素がそれにあたり、クロスMDの組み合わせに関するものです。
以下の図はステップ4が終わり、施策としての企画立案がされた後までを示しています。「施策」の要素がそれにあたります。
この前回の事例をもとに、プロセスを逆にたどってみます。
「施策を生み出すプロセス」のインプットとなる要素は事例では「非課題知識」と呼んでいるものでした。具体的には「食酢のストレートタイプではダイエット食品や野菜飲料、乳酸菌飲料などの健康食品が一緒に購入されることが多い」というものです。これは、同時購買分析の結果として得られた知識ですが、本シリーズのモデルでいえば、「集計結果」をインプットとする非課題抽出プロセス」から得られたものとして表現されます。
ここまでのプロセスを比較しての図で表現しました。
図の「集計結果」は、同時購買分析をするのに必要な集計が行われた結果を示します。前回例として紹介した「集計結果」は以下のものです(食酢の事例のものではありません)。
ここまでの比較しているプロセスは、事例と今回のもので似ていそうです。ただし、「非課題知識」として、「福神漬け」は「カレールー」と一緒に購入されることが多い、と一つを例で出していますが、他の組み合わせも存在する可能性はあります。施策自体も複数行われる可能性もあります。
では、「集計結果」よりさらに前のプロセスを見てみます。
「集計結果」は、「集計のプロセス」により行われます。このプロセスの中身に関しては前回の事例では詳しくは扱わず、今回の分析対象として考えているという位置づけになります。
この「集計のプロセス」が出現するまでのプロセスと結果の流れは以下となります。「集計の動機」が集計のプロセスへのインプットとなります。
・仮説:「食酢と一緒に購入される商品の中に、クロス提案できる商品カテゴリが見つかるのではないか」
・集計の動機を生み出すプロセス
・集計の動機:「集計しなければ仮説の検証ができないため」
事例でのプロセスと今回の分析でのプロセスで差異が出てくると思われるのはここからです。つまり、事例では食酢を軸とした仮説がありましたが、今回のようにどんなクロスMDをやるのかが判明していない場合には、仮説からスタートできないのではないということです。
「集計のプロセス」自体は、クロスMDをデータを使って行う場合には必要になるプロセスです。しかし、「集計の動機」は、事例での「集計しなければ仮説の検証ができないため」とは異なるかもしれません。「仮説」が先にあるかどうか分からないためです。
「仮説」よりさらに前のプロセスに関しても確認しておきます。
事例では次のような「機会となる仮説を生み出すプロセス」からスタートするプロセスが「仮説を生み出すプロセス」より前のプロセスとして存在していました。
・機会となる仮説を生み出すプロセス
・機会となる仮説:「市場全体やスーパーでは飲用酢の売上高が前年比で6%以上伸びているのであれば、ドラッグストアでももっと売れるのではないか。」
・仮説を生み出すプロセス
・仮説:「食酢と一緒に購入される商品の中に、クロス提案できる商品カテゴリが見つかるのではないか」
ここでも焦点は食酢(飲用酢)となります。クロスMDを行うときには、同じように、「機会となるような仮説を生み出すプロセス」が存在するものなでしょうか? これはつまり、クロスMDの企画立案は、何からスタートするのかということです。冒頭では、これをステップ1として「クロスMD施策を行いたい動機の発生」と表現しました。
次節では、小売業でのそもそものクロスMDの位置づけを確認しながら、上記の疑問を考えていきたいと思います。
クロスMD施策を行いたい動機の発生
いくつかの文献[1][2][3][4][5]を軽く見たところ、クロスMDの施策立案がどのようなタイミングで発生するのかは具体的には分かりませんでした。年内のどこでも発生しうるのかもしれませんし、数ヶ月に一回で計画するなどがあるのかもしれません。
とはいえ、誰かが何らかの動機をもとに立案が行われるはずです。
そこで、考え方として、クロスMDの位置づけを確認することに立ち戻ってみます。文献[5]では、クロスMDは、インストア・プロモーションの中での非価格主導型販促の手法の一つとして述べられています。また、インストア・プロモーションは、インストア・マーチャンダイジングと呼ばれる考え方の中に含まれます。以下の図に関係を示します。なお、図ではなぜかクロスMDは載っていないのですが、文献の本文では述べられています。
インストア・プロモーションは、店内で展開されるプロモーション活動(販売促進)であり、ショッパー(店内にいる顧客、購買者のこと。消費者と区別される)に対して刺激を与えることで、購買を促し、短期的な売上増加を狙う活動です。
・価格主導型販促は、商品の価値に対し、価格の割安感を見せることで、商品の魅力を高め、購買を促すプロモーション手法です[5]。
・非価格主導型販促は、価値を訴求することで商品の魅力を高め、購買を促すプロモーション手法です[5]。
図からわかるように、非価格主導型販促には色々な手法があります。ここでの疑問は、どの手法の施策をどんなタイミングでどれだけ行うのかということです。今回対象としているクロスMDも施策の一つであり、やるかやらないかの決定がどこかのタイミングで行われるはずです。
さて、インストア・プロモーションは購買を促すものですが、目標と目的という観点でもう少し具体的に確認しておきます[5]。小売業の視点とメーカー・卸売業の視点で異なります。
【小売業】
・目標:
・店舗・売場の売上の向上
・目的:
・各単価の向上
・ストアロイヤルティの形成(店舗に対する顧客の愛着をつくる)
・店舗利用世帯の増加
【メーカー・卸売業】
・目標:
・自社商品の売上の向上
・目的:
・ブランドスイッチの獲得
・新商品の認知向上、トライアル促進(新規購買の促進)
・新規顧客の獲得
・購買頻度の増加(リピート促進)
このようにインストア・プロモーションを実施するにあたっての目的は様々です。文献[5]では、次のように述べられています。
この記述からは以下の要素があると言えそうです。
・カテゴリーの課題や売場の課題の把握
・課題解決のためのインストア・プロモーションの狙いと目的の明確化
・目的達成にもっとも効果的・効率的な手法の考案
・「PDCAサイクルの回転」といったスタイルによる実施と運用
本記事の対象はクロスMD施策ですが、クロスMDを行いたい動機は、残念ながらこの記述からはまだ読み取れなさそうです。
さらに、PDCAサイクルを確認することでヒントが無いか見ていきます。文献[5]では、次のPDCAが説明されています。
・販売計画の立案(Plan)
・売場でのプロモーションの実行(Do)
・実行後の評価と振り返り(Check)
・次回計画に向けた改善(Action)
以下、1つ目のPlanを見ていきます。
企画を立案するのあたってのステップは次のように説明されています。
・現在の売場やカテゴリー、ブランドの状況について把握する。
・現状を正しく把握した上で、
・課題があれば:その課題を解決するためのプロモーションの施策を考える。
・課題がなければ:現状の強みをより強化していくための施策を考える。
さらに、計画の立案においては、販売促進の6W2Hを決定していくように考えることが大切だと述べられています。
・When(いつ):プロモーションの実施期間、タイミングを決定する
・Where(どこで):実施する店舗、店舗内の実施する売場などを決定する
・Who(誰が):プロモーションの実行者、責任者などを決定する
・Whom(誰に対して):プロモーションのターゲットを決定する
・What(何を):プロモーションの対象商品を決定する
・Why(どうして):プロモーションの実施理由について検討する
・How(どのように):陳列方法に加えて、売価設定などを決定する
・How much(どのくらい):計画を実行するための予算や検討期間を決定する
説明の最後として、食品スーパーの場合の計画では、季節や催事に合わせた大まかなプロモーション計画は、52週マーチャンダイジングという形で、週単位で検討・立案されていると述べられています。多くの場合、プロモーションの実施の3ヶ月前を目処に具体的な計画が策定されているようです。
PDCAの以下の残りに関しては今回の記事では関係無さそうでしたので省略します。
・売場でのプロモーションの実行(Do)
・実行後の評価と振り返り(Check)
・次回計画に向けた改善(Action)
以上、文献[5]をもとにして見てきましたが、クロスMDに限った話として
・どのような課題があるときにクロスMDを実行するのか
・課題がないときに、どのようなときに現状の強みをより強化するためにクロスMDを実行するのか
といった具体的な実施条件は分からないような気がしました。
そこで、さらに他の文献を参考にしてみると、文献[1]にもう少しヒントが隠れているように思えました。販売促進におけるPDCAの考え方は同様ですが、以下の図に示すように少し異なります。
異なる点で着目したいのは、前述の「販売計画の立案(Plan)」に対応する「現状分析」と「計画策定」の部分です。
「現状分析」での記述が、より具体的に示されています。
ここで「カテゴリーの需要期に合わせて販売促進をおこなうこと」がヒントになると思いました。
さらに「計画策定」の部分では、5W1Hで説明があり、When(いつ)は、販売促進のタイミングを決定するとあります。これは、現状分析で分析した需要期に合わせて計画する、とあります。
商品カテゴリー(あるいはさらに下位の分類)により需要の時期が異なると思われるため、販促を行う何週か先の週が、どのカテゴリーの需要期になるのかを知る、というのがあるのかもしれません。それを知った後に、そのカテゴリーに対してどのような具体的な施策による販売促進を行うのかを決めるのではないでしょうか。
文献[1]では、店頭での販売促進(ISP)は、消費者に刺激を与えることで売上の向上を図る手法であるとした上で、向上させるための要因にはさまざまあるとしています。
ここで注意が必要な点としては、店全体ではなく、ここでもカテゴリー単位となっており、カテゴリー単位での売上が最上位の要素として表されていることかもしれません。
カテゴリー単位となっているのは、カテゴリーマネジメントという考えが基になっているからだと思われます。文献[1]でもカテゴリーマネジメントの考えが最初に解説されています。
カテゴリーマネジメントは、次のように説明がされています。
簡単に言えば、商品カテゴリー単位で成果をあげていこうという取り組みです[1]。
なお、補足として小売業における商品の分類を紹介しておきます[6]。カテゴリーは、お客がその店舗に来る目的となるような単位とされます。
以上長々と議論してきましたが、結論はどうなるでしょうか。クロスMD施策が行われる場合、大きく2つの決定手順がありそうです。
・特定の手順や計画をもってしてやると決める
・思いつきでやると決める
また、クロスMD自体は、同時購買分析を行わなくともできると言えますが、本記事ではデータ分析が関わるプロセスを考えているため、同時購買分析は行うプロセスであると考えます。
さらに前提として、クロスMDは、買い上げ点数を向上するために行われるとして考えます。
というようなことも踏まえて、いくつか販売促進の特徴を書き出してみます。
・販売促進は、カテゴリー単位で行われる
・販売促進は、カテゴリー単位での売上向上が目的とされる
・販売促進は、実施の数週間前から計画がされる
・販売促進は、実施時期に需要期になるようなカテゴリが選ばれる
改めてプロセスを考えてみます。
「集計のプロセス」へのインプットとなる要素が何かわからないとしていましたが、集計には動機があるとして表現してみました。
・集計の動機を生み出すプロセス
・集計の動機
ただし、動機をどのように表現するのかは難しいです。ここでは仮に、
・「カレールー」と一緒に購入されるカテゴリー候補を見つけたいため
と置きました。
この表現は暗黙的に以下が決定されていることを意味しています。
1.軸商品のカテゴリー候補として「カレールー」が決まっている
2.どのような集計をすれば、カテゴリー候補が見つかる可能性があるのかを知っている
1つ目の軸商品のカテゴリー候補が決まっていることに関しては、以下の2つの視点で関係します。
・販売促進での需要期のカテゴリーを選ぶことに関係する(「現状分析に関係する」
・企画立案のステップの「2.軸商品(軸カテゴリ)の選定(仮選定)」と関係する
まだまだ整理ができてないようです。したいことは何でしょうか。整理してみます。
・n週目の販売促進として店舗の売上を向上させたい
・n週目の販売促進としてカテゴリーXの売上向上させたい
そのための具体的な手法として
・クロスMDによりカテゴリーXの買い上げ点数を向上させたい
これをどのようにプロセスとして表現すればよいのでしょうか。妥協ですが、次のように仮説を設定するという視点で表現しなおしてみました。
・機会となる仮説:n週目に販売促進を行えば店舗の売上が向上できるのではないか?
・仮説:n週目に需要期となるカテゴリーYが存在し、カテゴリーXがYと一緒に購入されるのであれば、クロスMDを行うことで、カテゴリーXの買い上げ点数を向上させられる可能性があるのではないか?
これらを置いてみました。
問題点として「仮説」から「集計の動機を生み出すプロセス」への具体性が一致してないように思えます。この点に関しては企画立案のステップ2になるとして次回の記事で考えます。
とはいえ「1.クロスMD施策を行いたい動機の発生」は仮説として表現することができそうだとここでは考えました。なお、動機のように言い換えるのは次のようになります。
「n週目に需要期となるカテゴリーYが存在し、カテゴリーXがYと一緒に購入されるのであれば、クロスMDを行うことで、カテゴリーXの買い上げ点数を向上させられる可能性があるため」
まとめ
今回は、販促手法の一つとしてのクロスマーチャンダイジング(クロスMD)施策における、バスケット分析(同時購買分析)でのプロセスの詳細を、プロセスパターンで表現できるかどうかの検証を試みようとしました。
検証のパート1として、クロスMD施策を行いたい動機の発生のステップまでを分析しました。
次回は次のステップの「軸商品の選定プロセス」を分析します。続きはこちら。
参考文献
[1] 店頭マーケティングのためのPOS・ID-POSデータ分析, 2016
[2] ID-POSデータ活用検定(基礎・カテゴリー分析編)テキスト, 2023
[3] 改訂版 「マーチャンダイジング」と「マネジメント」の教科書, 2015
[4] 52週マ-チャンダイジング: 重点商品を中心にした営業力強化と組織風土改革, 2004
[5] インストア・マーチャンダイジング 第2版, 2016
[6] 月間マーチャンダイジング 2024年3月号, 2024
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