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本日の「読了」──読書で煤払い

「読み」のスピード感がすっかり失われた昨今のおっさんだが、けっこうな速さで読み終わった。

四方田犬彦『戒厳』(講談社 2022)

本書の主人公瀬能は、東京の大学で卒業後の進路に迷っているときに、韓国の大学の日本語学科の講師として都合一年間赴任する。その顛末の回想録というフィクションであるが、目次裏に[Based on a true story]とあるように、筆者自身の体験と心模様が投影されているのだろう。
 赴任したのは朴正煕大統領が暗殺される前夜。独裁政権下の韓国民、特に日本語「を」学ぶ学生の有りようや、日本語「で」学んだ世代の日本に対する想い、今もKポップや映画俳優の兵役による活動中止が話題になるが、瀬能の時代は、学生が突然姿を消し、昨日までいなかった学生が教室現れる。
 主人公の身に何かとんでもない事件(ある日、KCIAに呼び出されたりするが)が起こるわけでもないのだが、先を先をと読み終えてしまう。
 最後は、大統領の暗殺と、ほどなくの帰国、その後の韓国の政情のうつろい、主人公や登場人物らの「その後」で終わる。

Kポップ世代には、韓国の昔話として読まれるのだろうか? 『世界』にT.K生の「韓国からの通信」が掲載されていたことを知る世代は懐かしさを覚えるのだろうか? 
 金大中氏(のちの大統領)が拉致された(暗殺されかけた)際に滞在していた「九段下グランドパレスホテル」(2021年に閉業)を「金大中ホテル」と呼ぶ人間が社会人最初の上司だったおっさんは、当然後者世代であるが、懐かしさよりも、本書の物語ののちに、さらなる独裁政権を経て、民主化され、日本語で学んだ世代も消え、教科書問題、歴史認識、従軍慰安婦、徴用工等々の軋轢とその中で次々と投げつけられる怨嗟のつぶて、その一方で、グルメ、コスメ、Kポップなどの韓流コンテンツの隆盛と定着のなかで、その話題を知らず知らずに浴びるうちに上書きされてしまった感情的な煤払いができたと感じている。
 おっさんは釜山に二日間滞在したことがある。主人公瀬能ほどではないにしろ「身構えて」出かけたことを覚えているが、フツーの異文化体験で終わった。煤払いができたいま、今度は、ソウルや古代日本と縁のある地域を訪ねてみたいと思っている。
 
読後にウィキペディアで著者のことを検索すると、当時の大学の仲間の名前や帰国後の筆者にまつわる人物名が上がっており、この登場人物はこの人? と、下種の勘繰りをする楽しみもあった。

[2023.1.15. ぶんろく]

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