あおぞらの憂い10

シアターにはだれもいなかった。マニアックであることは分かっていたが、映画館でこんなことがあっていいのかと少し経営を心配した。とうとう上映が始まった。本編が始まり少し経った頃。やっと1人が3列ほど前の左側に座ったようだった。私は時間と共に、ただ静かに心酔した。特に教会の鮮やかなステンドグラス、激しいベッドシーンが新鮮で心地よい刺激であった。エンドロール。鼻から息を吸うとジメジメと湿気った空気ではなく、ヨーロッパのなにかすっきり空気が感じられた気がして嬉しかった。

立ち上がって帰ろうとしたとき、傘を床に置いていることを思い出した。振り返ると1人の男と目が合った。
「あの!すみません!」
大きな声でびっくりした。そして私には全く身に覚えがなかった。
「海で死のうとしてた、僕です」
男は続けて控えめに言った。そして私は思い出した。髭がすっきり剃られていたからわからなかったが、死んだような目は同じだった。私は自分自身どんな顔をしていたかわからないが、何も言わなかった。
「僕、会社やめたんだ。いつ海に行っても君らがいたからね。死ねないなら、仕事やめよーって」男はそう言うと少し笑った。そして私もよくわからないで少し笑った。
「せっかくだしカフェで話さない?映画長くてお腹すいてさ」
そしてどうしようもなく誰かと映画の感想を共有したかった私は自然と了承してしまった。


「名前、なんて言うの?」
「マユです」
「へえ、僕はコウシだからー、コウでいいよ。」
「いや...」
私はどうしようもなくドキドキしていた。映画の後の高ぶりかと思ったが、私はこの人に、なにかするするして掴めない感じに、魅力を感じてしまっているのだ。そういう自分の気持ちはすぐに気付いてしまう。
「僕今仕事探してるんだけど、なかなか見つからなくてさ。マユはなにしてるの?」
「私はなにもしてないです」
「はは、一緒じゃん」
コウシは28だと言う。私はそのとき24だった。


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