チューリップラジオ11

初めてのラジオ収録が終わったあと、タクシーの中のことを眠りにつく前に思い出した。私は突然、あの瞬間を忘れてはいけない気がして必死になって思い出す。せい子さんが気分の良さそうな顔をして外を眺めている。大阪の夜は明るくせい子さんの綺麗な顔を照らした。
「たまみちゃん、今日本当に楽しかった。仕事もっと頑張りたいって思ったの。モデルだけじゃなくてこういうラジオとかテレビとかもやってみたい。」
せい子さんの言葉の先には強い意志が見えた。彼女は本気だった。
「せい子さんなら、なんでもできるような気がするよ。私にできることならなんでも。」
私がそういうとせい子さんは目を合わせて「ありがとう」と微笑んだ。そして長い髪を耳にかけるとまた窓の外を見た。寒さで曇った窓の向こう。私が生まれてから今まででこんなにキラキラした瞬間はなかった。そしてそのキラキラは私が好きな色をしていた。だからこうして細かく思い出して箱に入れて脳の奥に大切にしまっておきたかったのだ。

次の日、事務所へ行くと吉井が少し口角を上げてこちらを見て来た。
「昨日のラジオが良かったと色々な人から連絡が来た。せい子にも伝えておいてくれ。」
そういうと誰からもらったのかわからない贈り物の和菓子を渡して来た。
「ごきげんですね。」
そう控えめにいうと吉井は笑った。
「当たり前やろ。うちの事務所の子がこんなに評価されるん、初めてやから。」
吉井は最中を口に詰め込むと思い出したように紙を渡してきた。そこにはりょうの撮影スケジュールが書かれている。
「せい子、体調悪くて、それ、今日、よろしく」
それだけ言うと吉井は会議あるから〜と奥の部屋へ消えていった。せい子さんの体調は一番理解しているはずだった。昨晩のせい子さんを思い出していると、りょうが事務所へ入って来た。
「たまちゃん、何してるの?」
りょうは寝癖がついた頭に黒いマスクをしていたがそれなりにオーラがあり、私は少し後ずさりした。
「今日、よろしくね」
私は手元でせい子さんとのトーク画面を開いた。大丈夫かというメッセージを打ち込むとりょうが私の携帯をとって文章を削除した。
「そっとしといてあげて」
私は何が起きているかわからなかった。現場入りまで時間があったが、私はりょうに連れられるがまま、近くの小ぎれいなイタリアンレストランまで来ていた。

りょうと吉井が知っていることをマネージャーである私が知らないことに腹がたった。私は案内された席に座ると同時に聞いた。
「せい子さん、どうしたんですか。」
するとりょうはまあまあと言いながらおしぼりで手をふいた。私はりょうとせい子さんの間にある見えない部分さえもじれったくなった。隠し事をされていることをわかっていてそれを知らないでおけるほど心も強くはなかった。余裕がないと思われることを承知しながら私は聞いた。
「せい子さんとりょうさんってどういう関係ですか。」
りょうは少し考えると別に付き合ってない、と言った。私のじれったさは少しも解消されなかった。
「あの、りょうさんのTシャツがせい子さんの部屋にあったり、距離が近かったりするのはなんですか。」
私はしつこいほどに引き下がらなかった。りょうはちょっとまって、というとマスクを外して水を飲んだ。私はやっと黙った。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?