チューリップラジオ19

ある日、事務所へ行くと、吉井が暗い顔をしていた。
「原さん、悪いニュースや」
いつもの吉井なら不気味に口角を上げているところだったが、手元の紙を見つめながら深刻そうに言った。
「せい子が週刊誌に撮られた。不倫やて。明日出るらしいわ。」
見せられた記事には(人気芸人Sが大阪美人モデルと不倫、次期戦隊ヒーローが禁断愛)とかかれていた。
「待ってください、杉田さんって奥さんいたんですか。そんなことせい子さん知らないですよ。こんなの罠じゃないですか。」
私はいつのまにか記事のコピーを握りしめていた。震えが止まらない。
「原さん、2人が付き合ってたこと知ってたんやね。杉田くんも女性ファン多いから結婚隠してたらしいし、せい子が悪いかどうかわからん、けど、確実に戦隊ヒーローの仕事がなくなる。イメージ命やから仕方ないけど。悔しいな、ほんま。」
私たちはしばらく沈黙の中でせい子さんのことを思った。吉井は「話してくるわ。」とだけ言うと電話をかけに誰もいない会議室へ消えていった。ぐしゃぐしゃの紙が、現実を突きつけてくる。どこにぶつければいいかわからない怒りに身体が乗っ取られて爆発してしまいそうだった。私は気付けばせい子さんの家に向かっていた。


インターホンを鳴らすとすぐに扉が開いた。せい子さんだ。私が口を開こうとすると、せい子さんの目から涙が溢れた。
「たまみちゃん、ごめんね。ごめん。全部私のせいなの。」
せい子さんは泣きながらただ謝った。私は思わずせい子さんを抱きしめた。
「なんでこんなことになるんですか。どうして。」
私がせい子さんに怒りの感情を見せたのは初めてだった。初めての感情に戸惑い、私も気付くと泣いていた。
「せい子さん、私、せい子さんのこと全然凄いと思ってないですから。こんな風になったし、りょうさんのこともあったし。全然ダメダメじゃないですか。だから泣いていてください。私がいるから。」
私は悲しんでいるのか怒っているのかどっちかわからなかった。それともどっちでもないのかもしれない。私にしがみついて子供のように声を出して泣いているせい子さんを見ると、心臓の深いところで温かい血液が流れたように思えた。人間ってこんなところが温かくなるんだと思った。
「たまちゃん、それ余計に傷付くんだけど」
せい子さんはしゃがれた声でそう言った。わからないけど、今せい子さんにも同じ血液が流れてる。抱き合って重なった胸が、皮膚と服を貫通して繋がったような感覚がした。

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