チューリップラジオ14

せい子さんの家でりょうが来るのを待った。せい子さん部屋は相変わらず物が多かったが彼女の持ち物は全て艶めいてみえた。ベッドに脱ぎ捨てられた茶色い柄のジャケットでさえ堂々としていて羨ましかった。おそらくジャケットを羨ましいと思ったことは初めてだった。インターホンが鳴る。せい子さんがドアを開けるとりょうは慣れたように荷物を置いて手を洗いに洗面所へ向かった。
「さあ、どのケーキがいい?私はせっかくだからたまみちゃんが買ってきてくれたフルーツタルトにするね」
せい子さんが買ってきたケーキの箱を開けると、ショートケーキとミルクレープが入っていた。イチゴは小さく、テカりもない。銀紙の上に乗せられた素朴なケーキだった。
「そこのケーキ屋さん好きなの。小さい店なんだけど、気持ちがこもってる感じがするの。どうしてもたまみちゃんに食べて欲しくて。」
私は兄のケーキを思い出した。兄の店のケーキもこんな風に見た目が素朴で、写真映えなんてしなかった。私はどうしてこんなに大切なことに気がつかなかったのだろう。今なら、あの時の兄になんて声をかけられるだろう。あの時の兄のケーキが目の前にあるような気がして、喉の奥から何か甘酸っぱいものがこみ上げた。
「兄がケーキ屋さんだったんです。それでちょうどこんな感じのケーキを作っていてそれを、すごく思い出しました。私もこういうケーキ好きです。」
少し恥ずかしくなって俯いた。
「もしかして和歌山のケーキ屋?せい子がいってたところじゃん」
後ろからりょうの声がした。気づかなかったが話を聞いていたようだった。
「いや、これは大阪のケーキ屋。和歌山のはたまみちゃんが働いてたとこね」
せい子さんがそう言うと、りょうは被っていたニット帽をいきなり彼女に被せた。
「ちょっとやめてよ、前見えないって」
りょうはそんなせい子さんを見て笑った。そんな2人を遠くに感じたりしながら私たちはケーキを食べた。

そのあと少し仕事の話をした。りょうが大手出版社の雑誌の専属モデルに選ばれたことを知った。
「だからこれから毎月1週間くらい撮影で東京に行くことになった。寂しいね。」
せい子さんの表情は明らかに曇っていた。明らかに部屋は静まり返っていたが私がここでせい子さんを励ますのも可笑しく、ただ祝福することしかできなかった。
「たまみちゃんごめん、せい子と話したいから外してくれるかな。ほんとごめん。」
りょうにそう言われ、私は帰ることにした。りょうが玄関まで送ってくれたが、せい子さんは来なかった。ドアが閉まる瞬間、奥の部屋にいる俯いた彼女が見えて苦しかった。

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