チューリップラジオ15

自分の部屋に戻っても落ち着かなかった。気持ちを紛らわせようと溜まっていた洗濯を回し、浴槽に湯を溜めて入った。しかし頭の中から彼女が離れることはなく、兄のケーキを思い出した時のように甘酸っぱい何かが喉の奥から込み上げた。この正体はなんなんだ。わからない。いつだって、大切なことは後から気付いて、後から知らされて、全て手遅れなんだ。私はまだまだ未熟なんだ。だから人を助けることもできない。悔しさに似た感情が渦巻き、眠りにもつけず、何も手に付かなかった私はせい子さんの大学時代の写真を漁った。一緒に写っている女の人たちの中でもやっぱり、せい子さんが一番綺麗だった。どの写真もそうだった。その中に私が初めて見る写真があった。バーベキューをしているような賑やかな写真。そこに一緒に写っている、せい子さんではない方の女性に見覚えがあった。確か、兄の知り合いにこんな人がいたような気がする。画面をじっと見つめていると、いきなり着信画面に切り替わり、携帯が震えた。りょうだった。
「もしもし、ごめん、寝てた?」
時刻は深夜の1時を過ぎていた。
「いや、起きてますけど。どうしたんですか。」
風が吹いているのか、電話越しにザーザーと雑音が入って、耳から少し離した。
「今夜だけ、せい子と一緒にいてあげてほしい。色々あって。ごめん。」
りょうに指図されたことに腹が立ったのか、せい子さんを悲しませたことに腹が立ったのかわからない。それか、また私に大切なことを言わないことに腹が立ったのかもしれない。
「待ってください。理由を教えてくれないと、何もわかりません。りょうさん!」
私は柄にもなく少し声を荒げた。電話越しの風の音がうるさい。
「ごめん。俺、実は彼女ができたんだ。だからもうそういうことはできないって言った。東京に行ったら、会うことも少なくなるけど、友達としていようって言った。せい子は事務所で唯一同い年で、なんでも話せる仲だった。大切な存在だったからこそ、せい子のためだと思ってこんな中途半端なことをした。」
私はなんて言えばいいかわからなかった。気付けば電話を切っていた。せい子さんの部屋に行って私はなんて言えばいいんだろう。きっとこんなこと全部私に知られたくないはずだから、また無理をして笑うかもしれない。結局、私はせい子さんの部屋に行かなかった。行けなかった。せい子さんの人間らしい部分から逃げるように、また、せい子さんの写真を眺めた。

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