あおぞらの憂い19

私が最後にコウシに会ったのがその日だった。コウシが観たい映画があると久しぶりに私を呼び出すと隣町の映画館に集合した。
「マユちゃん、来てくれてありがとう。もうチケット買ってあるから。行こう?」
そう言って渡されたチケットは私がちょうど見たいと思っていたフランス映画だった。題名は英語版で『ザ・ライフオブブルー』といった。シアターに入り映画が始まったが、また私とコウシの二人以外誰もいなかった。しかし、やはりフランス映画というものは私の好みであった。ゆっくりと進むストーリー。特別不幸なわけでも幸せなわけでもない主人公を、日常の些細な出来事が揺さぶる。主人公は好きだった女の子に振られてしまい、薬漬けになり、あっとゆう間に死んでしまうラストでなかなかハードだったが、ファンタジーな表現で現実味がなく、美しいとさえ思ってしまった。そういえばフランダースの犬もラストはかなりファンタジーで天使が連れて行くシーンは美しかった。死を美しくすることで作者は主人公を救うのだろうか。私は知っている。死なんて実際は美しくない。夏の終わり、海に打ち上がったクラゲを見て誰が美しいというだろうか。棺桶に入ったおばさんの顔も、美しくはなかった。


コウシは帰り道に私にこう言った。
「マユちゃんと初めて海であった時、あの、自殺を止めてくれた時ね。僕は君の目を見てもう少し生きてみようって本気で思ったんだ。それから僕はもう一度生きた。マユちゃんは僕に人生をまるまるもう一つくれたんだよ。しかも、楽しい人生をね。」
コウシは嬉しそうに言っているけれど私は意味が全くわからなかった。
「どういうことかわからない。コウ、死のうとしてるの?映画なんて映画だよ。死ぬなんてあんなに綺麗なものじゃないよ。」
コウシは私の腕を引っ張り、シャッターの降りた店の間の路地へ入ると奥へ進んだ。行き止まり。そして立ち止まると私を抱きしめた。
「ちょっと、どうしたの?」
いきなりで驚いたが私はコウシの背中に手を回した。コウシは服を着ていてわからなかったが相当痩せていて薄かった。それとは裏腹に抱きしめる力はとても強かった。私はとても苦しくなった。
「ありがとう。マユちゃん。」
私の肩がだんだんと濡れていくのがわかる。コウシは泣いていた。コウシの心臓の音がわかる。彼は生きている。だってあったかい。彼は心が綺麗。だって野良猫に餌をあげられるんだ。私はあげたことがない。彼は絶対に死なない。だって私とこうして抱き合っている限り死ねるはずがないんだから。


長い間そうして抱き合っていた気がする。コウシは私から離れると嘘のように涼しい顔をしていた。
「ごめんね。苦しかったでしょ。」
そう言って私の服のシワを伸ばしてくれた。私は何も言わなかった。
「じゃあ、僕、急いでるから。」
そういうとコウシは歩いていった。私は動けなかった。いつかの、歩行者信号、青いチカチカ。一度走ってみようか。そして私が走ろうとした瞬間。後ろからニャーと声がした。振り返ると野良猫がいた。私はなぜか走ることをやめてしまった。そしてカバンに入れていたクッキーのお菓子を取り出して猫にあげた。猫は嬉しそうに急いで食べた。私も嬉しかった。ここはコウの世界だ。しかし今考えると私は追いかけるべきだった。それがコウとの最後になってしまったから。

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