あおぞらの憂い12
おばさんの余命が宣告された。半年であった。渚町の店はもう跡継ぎもおらず、閉店するという。近くの工場に勤める人々にとって、よほど大きな存在であったのだろう。おばさん宛に届いたいくつかの花が窓際に並べられていた。
「マユちゃんにはほんと、悪いわね。私が入院している間の給料も出すわね。」
「いえ、お気遣いなく。無理しないでください。」
「もし私が死んでしまったら、マユちゃんはもっと自分に正直になって好きなことをして生きなさい。仕事も、あなたちゃんとできるんだからどこでもやっていけるわよ。おばさんのところでずっと働いてくれてありがとうね。」
おばさんは肉付きの良い体型をしていたはずだったのに皮膚がクタクタになって骨ばっていた。私は戸惑い、幼少期のように黙り込んでしまった。
私の生活はおばさんが倒れてから、いっぺんに変わってしまった。私は毎日ひたすら同じ店で働き、若さを失っていくだけの人生であると思っていた。それから逃れたかったのは自分自身であったはずである。それなのに自由が手に入った瞬間。あんなに欲しかった若さが自分自身を苦しめた。これからの人生が果てしなく長くつまらないものに感じられた。こぼれ落ちる若さを手のひらでとどめた時、若さというものはどうしようもなく醜く腐っていった。
病院から帰ってくると私は自分の部屋で泣いてしまった。おばさんの死を目の当たりにしたからであろうか。それともこんな状況でも自分の将来のことしか考えられない醜い自分に嫌気がさしたのだろうか。カチカチ聞こえる時計が現実を突きつけて、窓の外の一片の雲りもない空と太陽が、私の部屋に影を落とした。
気が付くともう、外は暗かった。私は眠ってしまっていたらしい。携帯を見るとソラから(勉強教えてください)というメッセージとコウシから(仕事決まったよ)というメッセージが入っていた。どうにでもなれ。私なんてどうにでもなればいいと思った。この二人に関しても考え始めたらキリがない。適当に返信していると次の日ソラと勉強することになった。
もう少しで夏休みらしい。彼らは夏休みの宿題といって分厚い参考書や単語帳をファミリーレストランの大きなテーブルに広げた。
「アミ、テストの点数いうやつってマジで嫌いなんだよね。自慢したいだけじゃんね、ユーリとかショウタローとか。ああゆう必死なやつ。まーでもちゃんと賢いのがハラタツ。」
「確かにね。俺テストの点とか絶対言えない。」
「ソラ、バカだもんね。」
この子たちの会話についていくことは諦めた。けれど聞いているだけでも疲れそうだ。
「マユさんはなんの教科が得意なのー?」
「あー私は、美術とかかな?」
「へー絵描けるの!凄い!フウカさ絵めちゃ下手だよ」
「私も下手だけどね。」
「絶対そんなことないよ、また見せてね」
「ここ名詞の前のaが抜けてるよ。イエスタデイのスペルも間違えてるかも。」
私は彼らの丸つけ係として呼ばれたらしい。
「ソラくんここもここも文章の一番前は大文字だよ。」
「あーほんとだ」
そういってソラが持ち上げた消しゴムに違和感を感じた。彼の消しゴムは小さくボロボロだった。私が消しゴムから目線を離すと、ソラはそっと手で覆い隠した。何か悪いことをしてしまった。ソラの筆箱もよく使い込まれたもので、色がだいぶ禿げていた。物持ちが良いのか、無頓着なのかどっちなのかわからない。それにしても今日は初めから、ソラが何かおかしかった。アミとフウカと話していても空返事することが多く感じた。彼女たちは何も気づいていなさそうだったから、彼らにとってはきっといつものことで普通のことなのだと思った。
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