チューリップラジオ2

世界から離れていく。夜、眠りにつくと私はいつも違う世界へ向かう。今日は雨の音だけを現実世界から持ってきたけれど、ほかは何もなかった。家族や友人さえいない。本物のひとりぼっち。けれど全く寂しくなくて、暖かい「愛」だけが私を包んでいた。そんなどこからともなくやってきた「愛」とどこかの優しい雨の音の中。歩いているとだんだん足がつかなくなって、ふわりと浮く。そこで初めて自分自身を心から愛することができるのだ。いつかここにだれかを連れてくるとしたら多分、結婚相手なんだろう。私の運命の人。そんな人出会える気がしないけど。朝になると私は目を覚ました。もう一つの世界から戻ってきたのだ。長い間いたはずの世界で私が何をしていたか全く思い出せないが、それはいつものことだ。またあの小さな世界へ帰りたい。そう思って私はその1日を生きるだけだった。

私には4つ上に兄がいる。兄は製菓の専門学校を卒業してから近所にテナントを借りて本当に小さいながらケーキ屋さんを開業した。開業した当時、ぼちぼちケーキが売れていく反面でクチコミサイトにはまずいとも美味しいとも書かれなかった。店に人が並んだところは見たことがなかった。店の手伝いをしていた私はそんな兄を誰よりも近くで見てきた。兄はいつでも明るく振る舞い、真面目にケーキを作り続けた。余ったケーキを食べさせてくれたし、高校生だった私にも純粋にアドバイスを求めてきた。しかしちょうど2年が経ったころ、兄にも限界があることを知った。店を仕舞うことになった言った悔しそうな顔をはっきりと覚えている。そして兄にもプライドがあったことを知った。かなり借金がかさんでいたらしい。そんな風には全く見えなかった。多分見せないようにしていたのだろう。そんな兄は今、県内で一番大きなホテルで働いている。そんな兄は大好きだし尊敬している。だけど兄の苦労を思うと私は堕落した自分が嫌いになるばかりだった。

そんな兄の影響もあってか大学の近くに引っ越してからもケーキ屋でアルバイトしている。私はここのケーキが好きだ。今なら兄にたくさんアドバイスできる。例えば生地はもっと軽い方が良かったし、デコレーションももう少し女の子や小さい子が好きそうな感じにする。ケーキの断面にフルーツが並んだらそれだけで可愛いでしょ。あとインスタグラムを使ったり、作っている風景を動画なんかで投稿すれば宣伝もできただろう。今更になってそんなこと思っても仕方がないのだけれど。



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