チューリップラジオ4

近づきたい。そう、本能的なレベルで思った。気づけば彼女へのダイレクトメッセージを送り終わっていて、自分自身の行動に困惑していた。

(いきなりすみません。今日店にきてくれてありがとうございました。大学の頃から実は話してみたかったので嬉しかったです。またお話しましょう。)

私は昔からファンですのような表現を使わないようにした。彼女の美しさに蔓延るようにコメントを残す、彼らと同じになりたくなかった。高慢だろうか。いや違う。確実に彼らより彼女の美しさを理解していると思った。そうは思いながらもドキドキしていると彼女から返信が返ってきた。

(ケーキとても美味しかったです!家が近いのでまた買いに行きます。お話しましょ!)

彼女から送られきた返信に私は胸がいっぱいになり喉の奥が詰まるくらい嬉しかった。教祖だと言われればそうだと答える。またいつか会いにきてくれることを信じて生きていけるのだから。


夏になった。兄は夏休み、特にお盆が一番忙しいといっていた。厨房で朝早くからひたすらスイーツを作っているらしいのだけど、電話の声はむしろいきいきしているようだった。兄は「就職活動なんて焦らなくていいよ、ゆっくり探せばいいよ」と何度も言ってくれる。その言葉に甘えてはいけないことは誰よりも分かっている。だけど私はいつまでも寄りかかっている。ただのぬいぐるみのようだ。寄りかかって休んで、親には仕送りといってお金を置いてもらっている。いつか目の前に天職が落ちてくる。私が持っているものはこれだけ。その時に飛び込む覚悟だけだ。


夏休みの初日、7月23日。私はケーキ屋さんに立っていた。保冷剤の在庫だけを何度も確認する。他の備品、例えばトイレットペーパーなんかはすぐに買ってこれても、保冷剤だけは切れてしまうとどうにもならないからだ。そもそもこんな暑いなら人々はアイスを食べるだろう。
「すみません。」
また、ぼーっとしていた。お客さんをみるとそれは待ちに待っていた彼女、せい子さんだった。
「ああ!せい子さん!」
私は驚いた。彼女を馴れ馴れしく名前で呼んでしまった自分に驚いた。
「メッセージありがとう。遅くなってしまってごめんね。」
せい子さんが私のことを覚えていることだけでも嬉しいのに、またこうして店にきてくれた。社交辞令じゃなかった。私はまたせい子さんの内面の美しさに触れた気がした。
「この誕生日ケーキひとつで。あと名前、書いて欲しいの。」
せい子さんは少し人見知りなのか。控えめに言った。そして名前を聞くと
「りょう、で。」
そう小さな声で言った。おそらく彼氏であろうが、そこまでは聞けなかった。お会計をしながら、せい子さんと就職の話になった。せい子さんは在学中からモデルの仕事があったから就職しなかったらしい。そして就職先が見つからないことを軽いテンションで相談すると、せい子さんは考える間も無く私に言った。
「私のマネージャーにならない?」
せい子さんの美しさに現実味がなく、そうするとその言葉自身にも現実味がなかった。
「急に言われてもびっくりするよね、あとでメッセージで詳しく送るから、考えてみて。」
せい子さんはそういうと、あの時のようにバックのチェーンを鳴らしながら肩に掛け、細い手でケーキの箱を持つと胸の前に提げた。私はそんなせい子さん後ろ姿を見つめながら出口の前まで行くと意を決した。
「私、マネージャーやります。ぜひやりたいです。」
せい子さんは驚いたようだった。
「ほんと?考えなくていいの?」
私はもう自分の人生について嫌という程考えた。これ以上何を考える必要があるのか。せい子さんの近くにいたい、他にやりたいことはない。

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