チューリップラジオ8

ある日、社長の吉井からいつもより早めに事務所に来るように言われた。私は合鍵でせい子の部屋に入り、机にチャーハンを置くとそっと部屋を出た。午前10時だった。秋も深まってきた頃で涼しい風が吹くたびに胸が少し苦しくなった。大阪にいても季節を感じられる。私はもうこの街に馴染み始めていたし、せい子さんもそうだろう。大阪に拒まれていると感じたのは、夏の暑さのせいだったのかもしれない。なんとなくエレベーターを使わず、私は階段を駆け下りた。

「どうされたんですか。」
吉井は書類を見つめながら困った顔をしている。
「いや、原さんはせい子とずっと一緒にいるけど、あの子、人前で話せると思うかい?」
私はせい子にとうとうテレビの話が来たのだと思った。
「CM、とかですか?」
せい子が若干人見知りであることは周りが察していることだった。ごくたまに撮影がストップすることがあるくらいでモデルの仕事に支障をきたす程ではなかったが、とうとうこの問題に向き合うときが来たのかもしれない。吉井は書類を指差して言った。
「ラジオ」
私はすぐに応えることができなかった。モデルにラジオの仕事が来るのはかなり珍しい。
「月曜日だけなんだ。あと、DJと会話するって形だから、進行とかはしなくていいんだけどね。問題は生放送ってとこ。」
「本人に確認してみます。」
せい子さんなら断らない気がした。そうなると断れるのは私だけ。けれど私には可能性を狭める権利もなく、そう答えることしかできなかった。

撮影が終わり、自宅へ帰るとせい子さんからメッセージが入っていた。
(一緒に夜ご飯食べて、映画見ようよ)
私は残っている仕事を片付けると夜ご飯に鍋を作りそのまませい子の部屋まで運んで行った。外は少し肌寒く、鍋の湯気が早くも冬を感じさせた。
「お邪魔します。鍋、、、」
お風呂場からシャワーの音が聞こえる。せい子さんはお風呂に入っているようだった。鍋をコンロにおくと弱火で温め直し、コップに氷を入れたり、お箸を用意した。こういう準備の手際は良い。けど仕事には正直まだ慣れないし、近頃できないことが露呈してきて落ち込むことが多い。

ふと食器棚を見上げるとプレゼントのような箱がある。りょうへのプレゼントだろうか。そういえばふたりの関係を誰にも聞けずにいた。相変わらず現場では距離が近いし、洗濯物にりょうのTシャツが入っていることがあるから何らかの関係ではありそうだった。
「あ、たまみちゃん。来てくれてたんだ。」
せい子さんはキッチンへ行き鍋の蓋を開けると美味しそう〜とはしゃいでいた。鍋を食べながら私は、ラジオの仕事のことを話してみることにした。

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