【映画】「食の安全を守る人々」感想・レビュー・解説

なかなか面白い映画だった。知っていることもあったし、知らないこともあって、この映画で初めて知ったことについては、それによってちょっと考えが変わったので非常に良かった。

具体的な内容はこれから書いていくが、まずひとつ、この映画への不満を書いておこう。

なぜ、もう少し画質のキレイなカメラで撮らないのか。

今どき個人で手に入るカメラだって性能がいいだろうし、この映画よりYouTuberの映像の方がキレイだろう。「他人に映像で何かを伝える」という点で、今の時代は画質とかそういう部分は大事だと思うので、どうしてそこもう少しちゃんとやれなかったかなぁ、と思う。


さて、ちゃんと内容に触れる前に、「注意書き」と「いくつかの情報の整理」をしておこうと思う。

まず「注意書き」から。

僕がこれから書く文章は、今回見た「食の安全を守る人々」と、あと以前に見た「モンサントの不自然な食べもの」という映画からの情報のみだ。僕自身が情報を捉え間違えている部分もあると思うので、この記事に書かれていることだけで物事を判断しないでほしい。きちんと自分で情報を集めて、自分なりに判断すべきだ。

また、これはこの映画に限らず、科学的なデータ・情報に触れる際の注意だが、「相関関係」と「因果関係」を間違えてはいけない、ということも頭に入れておいてほしい。

例えばこの映画の中で、「ネオニコチノイドという農薬の使用量のグラフ」と「発達障害の児童数のグラフ」が並列で表示される箇所がある。グラフは、「農薬の使用量の増加と共に、発達障害の児童数が増えている」ように見える。

しかし、だからといって「農薬が発達障害の原因になっている」と結論付けてはいけない。確かに「農薬」と「発達障害」には「相関関係」はありそうだが、「相関関係がある」=「因果関係がある」ではないのだ。

分かりやすい例だとこんなものがある。「朝食を食べる子どもは成績がいい」というキャンペーンが行われたことがあった。実際に、そのようなデータも存在する。しかし実際は、「朝食を食べたことが原因で成績が良くなった」のではなく、「成績が良い子どもの家では家庭教育などがしっかりしており、そういう家庭教育がしっかりしている家では朝食も当然出る」という話でしかない。つまり、因果関係が逆なのだ。

このように、「相関関係」があってもそれが「因果関係」とは限らない、という事例は多々存在する。だから、ここを捉え間違えないようにしなければならない。

次に、「いくつかの情報の整理」を。

まず、この映画では

「モンサント社の除草剤『ラウンドアップ』(と、その主成分である「グリホサート」)」と、

「遺伝子組み換え作物(および、ゲノム編集作物)」

について扱われている。そして、この両者は「基本的には別物」だと理解しておく必要がある。映画を観ていて、この点は誤解を与えそうだと感じたので、まずこの点に触れておこう。

以下の記述は、以前に観た「モンサントの不自然な食べもの」からの知識だ。

モンサント社(バイエル社が買収したようで、今ではバイエル社傘下)は、「(A)ラウンドアップという除草剤」と「(B)その除草剤に強い遺伝子組み換え作物」を販売している。通常農作物を育てる際には、雑草の処理が必要だが、普通に除草剤を撒くと、育てている作物にも影響を与えてしまう。そこでモンサント社は、「(B)その除草剤に強い遺伝子組み換え作物」を開発し、これを植えた農場に「(A)ラウンドアップという除草剤」を撒くと、雑草だけが枯れる、という仕組みを作り出した。

こうすることで農家は、「(A)ラウンドアップという除草剤」を農作物に掛けてもOKとなり作業の手間が減る。しかし当然だが、このやり方で育てられた「(B)その除草剤に強い遺伝子組み換え作物」には、「(A)ラウンドアップという除草剤」が大量に付着していることになる。モンサント社は、「(A)ラウンドアップという除草剤」の主成分であるグリホサートは人体に影響はない、としているが、このグリホサートが人体に悪影響を与えている、と考えられているのだ。

さて、僕が何を言いたいのかと言えば、「モンサント社の問題の核は『グリホサート』であって『遺伝子組み換え作物』ではない」ということだ。映画を観て、「モンサント社の作物は危ない」と考えるのはいいが、それは「グリホサートを摂取しているから危ない」というのがメインの理由だ、と理解しておく必要がある。

もちろん、「遺伝子組み換え作物」が危険である可能性はあるし、それはこの映画でも触れられているが、少なくとも「モンサント社」に関わる部分においては、「遺伝子組み換え作物」ではなく「グリホサート」に焦点が当てられている、と理解すべきだ。

さて、もう一つ。

この映画には、「遺伝子組み換え作物」と「ゲノム編集作物」の2種類の名前が登場する。前者は「OldGMO」、後者は「NewGMO」と呼ばれているようだ。元々「遺伝子組み換え作物」が「GMO」と呼ばれていたが、「ゲノム編集」という新たな技術が生まれ、その技術によっても遺伝子組み換え作物が作られるようになったので、「Old」「New」という言葉で区別しているということだ。

「食の安全」という興味で映画を観る人には、こういう区別はどうでもいいと感じられるかもしれないが、一応この点に関する説明がなかったので書いておく。ヨーロッパでは、「ゲノム編集作物」も「遺伝子組み換え作物」と同等に扱う、と決まったそうだ。

前置きが長くなったが、それでは内容に触れていこう。

まず僕がこの映画を観て最も驚いた話は、「アメリカの学校の用務員がモンサント社を訴え、320億円の賠償金を勝ち取った」という話だ。というか、その話そのものよりも、「日本ではこのニュースが報じられなかった」ということに驚いた。

今調べてみたら、2018年8月のヤフーニュースの記事が見つかったので、まったく報じられなかったわけではないだろうが、少なくともテレビでそんなニュースをやっているのを見た記憶はない。世界中でトップニュースとして報じられた、とこの映画の中では語られていたので、違和感はある。

アメリカでは現在、モンサント社を訴えて3名が勝訴しており、320億円、87億円、2200億円と桁違いの賠償金支払いが命じられている。今も、12万件の裁判が継続中だという。

最初に勝訴を勝ち取った方が映画の中に出てきたが、肌が恐ろしいことになっていた。なんと表現したらいいか分からないが、「苔だらけのゴツゴツした大木」のような、肌そのものもデコボコし、色も緑や黒などに変色し、「明らかに何かマズい状態にある」という見た目になっている。T細胞リンパ腫(悪性リンパ腫)と診断され、末期がんなのだそうだ。

世界中でモンサント社の除草剤は規制され、その主成分であるグリホサートの残留値も引き下げている(つまり、輸入作物に少しでもグリホサートが残っていたら輸入を許可しない)となっている中、日本だけはその残留値を引き上げているという。

もちろんそこにはアメリカの思惑がある。モンサント社はアメリカの会社であり、アメリカが日本に規制緩和をやらせている、と考えるのが自然だろう。

アメリカからの圧力は、食品表示の点にも及ぶ。一旦モンサント社の話から遺伝子組み換え作物の話に移るが、日本では「遺伝子組み換え作物を使っているか否かの表示義務」が2023年から変わる。現在は、「遺伝子組み換え作物の配分が5%以下」であれば、「遺伝子組み換え作物を使用していません」と表示ができる。しかし2023年からは、「遺伝子組み換え作物の配分が0%」でなければ「遺伝子組み換え作物を使用していません」という表示が”認められなくなる”のだ。

意味が分かるだろうか?僕も、この話を聞いた時、意味が分からないと思った。

要するにこういうことだ。「遺伝子組み換え作物を使っている」場合には、それを表示しなければならない義務がある。それは以前と変わらない。しかし、「遺伝子組み換え作物を使用していません」という表記を減らすことで、遺伝子組み換え作物を使っている製品を相対的に悪く見せない、という意図があるんだと僕は思う。消費者が積極的に「遺伝子組み換え作物を使用していません」と表示された製品を買わないようにするために、その表示をできなくする、という意図だとしか考えられない。

材料の調達過程で遺伝子組み換え作物の混入がまったくない、ということを証明するのは不可能なので、2023年になったら、「遺伝子組み換え作物を使用していません」という表記は使えなくなるだろう、と考えられているという。

さて、モンサント社の話に戻そう。映画の中で、「ケネディ大統領の弟の息子」という弁護士が登場する。彼ははっきりと、「モンサント社は悪い会社である」「モンサント社は非常に悪い企業文化を持った会社である」と明言している。

彼がなかなか興味深いことを言っていた。

アメリカの裁判では、「科学的に証明されていないものは証拠として提示できない」と決まっているらしく、つまり、1件2件の研究ではなく、大規模な研究が行われなければそもそも訴えることさえできない、というのが現状なのだそうだ。だから、ラウンドアップによる被害が多く報告されていても、その被害者たちはモンサント社を訴えるということそのものができなかった(訴えるけど負ける、ということではなく、そもそも訴えを起こすことができない、という意味)。

しかし2015年に状況が変わる。アメリカのどこかの機関(疾病対策センター、みたいなことを言ってた気がする)がある発表をしたのだ。それが、

【動物実験においては、ラウンドアップによって確実にガンになることが判明している。だから、人間においても同じだろう】

というものだった。これは、直接的な証拠ではないが、少なくとも裁判所が門戸を開くきっかけとなった。そして、実際にモンサント社を相手取った裁判が次々と起こされ、3名が勝訴している。

その弁護士は、「モンサント社への訴えの裁判で、陪審員が怒りを覚えた点がある」と語っていたそれが、「ラウンドアップの危険性を認識していたのに、それを隠蔽していたことを示す内部資料」の存在だ。そのようなこともあり、多額の懲罰的損害賠償金が課される裁判結果となっているのだと思う。

ちなみにこのモンサント社は、ベトナム戦争で有名な「枯葉剤」や「DDT」などを製造していた会社でもある。僕は詳しく知らなかったのだけど、レイチェル・カーソンのあの有名な「沈黙の春」は、モンサント社の「DDT」について警鐘を鳴らす作品だったそうだ。モンサント社は圧力を掛けてレイチェル・カーソンを潰そうとしたが、この弁護士の叔父であるケネディ大統領が救済に入った。そして、「沈黙の春」の記述がすべて正しいことを確認し、それによって1973年に「DDT」の製造が禁止された、という話も興味深かった。

モンサント社は、「グリホサートは人体に蓄積しないし、悪影響を及ぼさない」と主張しているようだが、その主張を覆すための調査が映画の中で行われていた。日本の国会議員23名を含む28人の頭髪を検査にかけたのだ。すると、28人の内19人の頭髪からグリホサートが検出される、という結果になった。我々が普段食べている作物から、グリホサートも同時に接種しているのだ。

この映画では、子どもたちへの影響について危惧する描写が多くある。なかでも給食はなかなか深刻かもしれない。アメリカから輸入する小麦の規制が緩いからだ。

日本では、「米のグリホサートの残留値」は「0.1」(単位も言っていたけど正確に分からないので省略)だが、「小麦のグリホサートの残留値」は「8」だという。つまり、「米の場合はグリホサートが0.1以上残っていれば輸入不可だが、小麦の場合は8までなら輸入を許可する」という意味だ。これはなかなか異常な数字だろう。

(ただし、上記の数字はグリホサートのものではないかもしれない。もうひとつ、「米は0.2だけど、小麦は10」と話しているものがあり、どのどちらかがグリホサート。いずれにしても、その差が激しいから、僕の意見に変わりはないけど)

日本の小麦(あるいは「給食で使われる小麦」)の90%は輸入に頼っている。給食のパンには小麦が使われているから、小麦の規制が緩いことは、直接的に子どもに影響を与えることになる。

韓国では、学校給食ではすべてオーガニック野菜を使用することに変わったそうだ。その変化は一足飛びに進んだわけではないが、市長などが「オーガニック野菜を教育現場に無償で提供する」という条例を制定したことで広がっていったのだという。日本でも、千葉県のいすみ市が、給食では無農薬の米しか出さないと決めているようだ。

グリホサートの影響について、非常に興味深い研究が紹介されていた。それは、「摂取した本人やその子どもには影響が無いが、孫やひ孫世代に悪影響をもたらす」というものだ。紹介されていたのはラットでの実験だったが、グリホサートを摂取させたラットやその子どもには変化はなかったが、孫やひ孫の世代に様々な疾患等が出たのだという。

アメリカでは、ラウンドアップによって直接的に被害を受けたという人がたくさんいるわけで、直接の被害がないということもないだろうが、その影響が次世代の受け継がれてしまうかもしれない、というのもなかなか恐ろしい話だと感じる。

映画の中で、ある専門家の人が、

【確かにまだ、因果関係が証明されているとは言えないかもしれない。しかし、子どもに悪い影響があるとしたら、因果関係が証明されるまで待っていられない】

という発言をしていて、確かにそれはそうだ、と感じた。

まあ僕は、この映画で提示されているような情報から、「ラウンドアップ(グリホサート)が人体に悪影響がある」と判断していいと感じているが、あくまでそれは僕の個人的な感想に過ぎない。「科学的に」ということになると、より多くの研究がなされる必要があるだろう。

しかしその専門家の人が言っていたように、仮に「科学的に」厳密な証明が出来ていなくても、「子どもに悪影響があることは濃厚」であるのなら規制をすべきだ、と主張していて、それはその通りだと感じる。僕にとっては「子どもに」という点が重要だ。何故なら多くの場合、子どもには選択肢がないからだ。大人になれば、自分の判断でオーガニック野菜を選ぶかどうかみたいに決められるが、子どもの場合、自分の判断で食を選べることは少ない。親が選んだものや学校給食で出るものを食べるしかない。

そして、そういう子どもたちへの悪影響を排除するために、確定した情報でなくても行動を起こすべきだ、というのはその通りだと思う。

同じようなことは、別の場面でも描かれていた。ある医師が、農薬などに含まれる化学物質が脳に与える影響を調べることは困難だ、という話をしていた場面だ。他の臓器はともかく、脳の中は調べられないので、化学物質がどのような悪影響を与えているかを「科学的に」示すことは難しい。しかし、「ある化学物質が脳へと通過していくこと」と「その化学物質が脳内で悪影響を与えること」が分かっているのであれば、「その化学物質が含まれる農薬が脳に悪影響を与えること」は否定できないし、子どもは特に悪いものが脳へと入っていきやすいのだから、より注意する必要がある、という言い方をしていた。確かにこれもその通りだと思う。

専門家や医師など、「科学」をそれなり以上に理解しているだろう人が、「科学的な判断なんて待っていられない」と主張することに、状況の逼迫さを感じる部分もあるなと思う。

さて、ここまでモンサント社について書いてきた。これらについては、「モンサントの不自然な食べもの」を見た時から、僕の意見はあまり変わっていない。

しかし、「遺伝子組み換え作物」「ゲノム編集作物」に関しては、この映画を見て意見が変わった。以下、「遺伝子組み換え作物」と「ゲノム編集作物」を区別しない時は、「GMO」と記述する。

僕は元々、「GMO」はさほど問題はない、と考えていた。というのも、「遺伝子の変異」というのは自然界でも当たり前に起こることだからだ。今はまさにコロナウイルスの話ばかりだが、「変異ウイルス」という言い方をよく聞くだろう。あれは別に人為的に何かをしているわけではない。金魚やバラの品種改良だって、様々な工夫で「遺伝子の変異」を起こさせているわけだ。だから、「遺伝子が変異すること」が別に悪いわけではない。

「GMO」は、「遺伝子の変異」を人為的に行うものだ。僕は、「遺伝子の変異」が自然に起こるか人為的に起こすかの違いだけだと考えていたので、「GMO」に問題があるとは考えていなかったのだ。

ただ、そうではないようだ。そのことを、この映画で初めて知った。

この映画を見て僕が理解したことは、「GMOを作製する際には、抗生物質耐性遺伝子が組み込まれる」ということだ。この情報は初めて知った。

「遺伝子組み換え」にしても「ゲノム編集」にしても、その操作がうまくいく細胞は一部なのだという。例えば、1000個の細胞があるとして、その内の500個で「遺伝子組み換え」が成功したとしよう。しかし、外から見ただけでは、「遺伝子組み換えが成功した細胞」なのか「遺伝子組み換えが失敗した細胞」なのか判定できない。

そこで、「GMO」を作製する際には、「遺伝子組み換えが失敗した細胞は死滅する」という仕組みが取られているのだそうだ。つまり、残った細胞はすべて「遺伝子組み換えが成功した細胞」と判断できるということだ。そして、この仕組みを実現するために、ベクターという容れ物に「抗生物質耐性遺伝子」も組み込むのだそうだ。

では、この「抗生物質耐性遺伝子」は安全なのだろうか?これに関してはなかなか驚きの調査が報告されている。何年の調査か忘れたが、アメリカの疾病対策センター(みたいな機関)が、「アメリカでは抗生物質耐性遺伝子によって年間35,000人以上が亡くなっている」と発表したのだ。

この発表を受けて日本の機関も調査を行い、「抗生物質耐性遺伝子によって年間8,000人以上が亡くなっている」と報告された。しかも、アメリカでは29種類の抗生物質耐性遺伝子が調査されたのに対し、日本ではたった2種類のみだったという。つまり、抗生物質耐性遺伝子によって死亡している人はもっと多い可能性がある、ということだ。映画に登場した科学者は、「コロナで騒いでいるけど、この抗生物質耐性遺伝子も結構危険だと思う」というような言い方をしていた(正確な表現は覚えていないけど)。

(ただし、家に帰ってネットで調べると、「抗生物質耐性遺伝子」によって直接的に人が死んでいるわけではなく、「抗生物質耐性遺伝子によって抗生物質が効かない感染症が出てくるようになり、その感染症によって亡くなっている」ということのようだ。まあ、危険であることには変わりないが)

WHO(世界保健機関)も、「GMO」の作製段階で抗生物質耐性遺伝子を使用すべきでない、と勧告しているのだと言う。

僕は、「遺伝子組み換え」や「ゲノム編集」という技術そのものは安全だと思っていたし、それは恐らく間違っていないのだけど、「遺伝子組み換えやゲノム編集が成功したかどうかの判断のために抗生物質耐性遺伝子が使われている」というのは知らなかったし、その抗生物質耐性遺伝子が原因で亡くなっている人が多数いることも知らなかった。

この事実には、なかなか驚かされた。これを知ることができたのは、僕にとって非常に良かったなと思う。

さて最後に。この映画では、「オーガニック野菜は無条件で良いものだ」という前提があるように感じるが、「グリホサート」や「GMO」の危険性を「科学的に」調べているのなら、「オーガニック野菜」の安全性も「科学的に」調べるべきではないか、と感じた。

もちろんこれは、非常に天の邪鬼なことを言っていることは理解している。僕も、感覚的には「オーガニック野菜は安全だろう」と考えている。

しかし、「グリホサート」や「GMO」が安全だと考えている人も世の中にはいるのだし、そういう人は逆に「オーガニック野菜の方が危険だ」というデータを持ち出してくるかもしれない。論理的には、「グリホサートやGMOの危険性が証明された」としても、そのことが「オーガニック野菜の安全性を証明する」わけでは決してない。

一方を「危険なものだ」と糾弾しているのだから、もう一方の側にある「オーガニック野菜」についても、「科学的に安全だ」と示す姿勢がある方が、より科学的な姿勢だし、説得力もあるのではないか、と感じた。

あと、これは余談だが、杉本彩のナレーションはちょっとこなれていなかったと思う。たぶん、オーガニック的な活動をしているんだろうし、そういうことからナレーションの話が来たのだろうけど、映画全体の完成度という意味では、きちんとナレーションを仕事にしている人に頼んだ方が良かったのではないか、と思った。

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