【映画】「キーパー ある兵士の奇跡」感想・レビュー・解説

赦すというのは難しいなぁ、といつも思っている。

僕は出来るだけ理性的な判断をしたいといつも思っているし、人によって態度や判断基準をあまり変えない振る舞いをしたいと心がけているのだけど、時にはやっぱり、自分の心の中で、そういう主義を曲げてでも赦したくないなぁと思ってしまう人がいる。

自分のフェアネスな主義からすれば、目の前の人物を赦すべきだ、と頭で分かっていても、どうにか自分なりに理屈を上手いこと捻じ曲げて、その人を赦さないでもいい理由を探し出そうとする。そういう自分に気づく時、嫌だなぁ、という気持ちになるけれども、そう簡単にコントロール出来るものじゃない。

例えば僕にとって、子供の頃は、親というのは割と憎い対象だった。正直、何が一番の原因なのかは、今となってはよく分からない。分かりやすい理由、つまり、虐待だとか極度の貧困だとかそういうものはなかった。ただ、「あぁ、この人たちのことは、嫌だなぁ」と思っている期間が、非常に長くあった。

たぶん、20代の終わり頃までずっとそんな風に思っていて、でも20代の後半ぐらいからちょっとずつ変わり始めて、今はそういう感覚はほとんどない。

何があったのかというと、やっぱり、時間しかないよなぁ、と思う。時間の経過が、変化を促したということだ。

嫌いになった明確な理由も、嫌いじゃなくなった明確な理由も、特にない。理由がわかっていれば容易だ、などというつもりはない。理由がはっきりしていようがしていなかろうが、歩み寄りはそう簡単なことじゃない。

理由がはっきりしている方が難しい場合もあるだろう。

この映画ではまさに、その「理由がはっきりしている場合」を描いている。ナチスドイツに、家族や友人を殺された。目の前にいるドイツ兵がそれをしたわけじゃないかもしれない。でも、ドイツ兵はドイツ兵だ。憎い。

という、底辺も底辺、マイナスもマイナスのところから、イギリスのヒーローとなった主人公は、まさにタイトルにある通り「奇跡」と称していいだろうと思う。

内容に入ろうと思います。
舞台はイギリスのセントヘレンズ。ドイツとの戦争中は爆撃などにより死者も出ていた場所だ。終戦後、このセントヘレンズからほど近い場所に、ドイツ兵の収容所があった。そこに捕虜として囚われていたバート・トラウトマンが主人公だ。彼は労働義務のある捕虜として便所掃除などをしていたが、煙草が手に入らない現状を打破すべく一計を案じる。彼は捕虜たちのサッカーチームに声を掛け、PKを一本止めるごとに煙草を一本もらうという賭けをした。PKをことごとく止め、煙草を大量にGETしたバートだったが、話はここで終わらない。たまたまこの光景を見ていた地元サッカーチームの監督の目に留まったのだ。監督は、降格をなんとか免れるため、戦争直後でまだドイツ兵への憎悪が激しい時期に、バートをキーパーとしてチームに入れるという決断をする。チームは面白いくらい勝てるようになったが、監督の家族は、勝手なことをしないでと反発。さらに監督が、来週から彼を店でも働かせるという話をし、娘のマーガレットは穏やかではいられない。やはり、ドイツ兵に友人を殺され、戦争によって青春を奪われたという憎しみはなかなか解消出来ないでいた。しかし、バートの働きっぷり、妹への接し方、そして何よりもサッカーでの活躍などもあり、次第にマーガレットを始め、家族やチームの面々もバートに心を開いていく。
しかし、事態は一変する。なんと、収容所が閉鎖になるというのだ。捕虜たちは一週間後にドイツへと送還されると決まった。降格かどうかが決する試合に勝ち、バートはそのままドイツへと戻る…はずだったが、なんとその試合を、プロサッカーチームであるマンチェスター・シティのスカウトマンが見に来ていた。入団テストを受けるように勧められた彼は、ドイツへと帰らない決断をするが…。
というような話です。

実話じゃなく、フィクションだったら、そんな都合良いストーリーなんてありえないだろ、と思ってしまうようなシンデレラストーリーという感じで、まずその実話としての強度に驚きました。こんなことが、実際にあったんだなぁ。

背景にあるのが戦争というのが、またこの物語に深みを与えていると感じました。

基本的に物語がバート側から描かれているから、バートを擁護する良い人たちがたくさん登場する映画だ。そして、まずそのことが凄いなと思う。もちろんマーガレットのように、最初は否定的だったけど後に考えを変えたという人もいるけど、とにかく、戦争が終わった直後と言っていい時期に、憎き敵兵を仲間として”許容”するだけでなく、最終的に大英帝国勲章を授与するまでの英雄として称える、そんな凄まじい流れに驚かされました。

当然、映画には、バートに対する反対者も多く登場する。感触的には、そういう人間の感覚の方が普通に思える。僕自身がその場にいて、どちら側に立つかというのは、想像で答えが出せる問題ではないけど、やはり世間一般的には、NOを突きつける方が圧倒的に多いだろう。

明らかにそういう反応が出てくるということが分かっている状態で、彼を仲間に引き入れたり、許容したり、支えたり、戦ったりする人たちの物語であるということが、この映画の魅力的な部分だなと思う。

本当にそんなことがあったかどうかは僕には分からないけど、映画的に凄く好きな場面がある。

マンチェスター・シティの本拠地は、ユダヤ人が多く、それもあって元ドイツ兵であるバートへの風当たりはさらに厳しいものになっていた。ユダヤ人社会には、ラビと呼ばれる宗教的な存在がいて、彼が地域のユダヤ人を統率しているのだけど、当初そのラビも、マンチェスター・シティへのバートへの加入に反対していた。しかしある時、ある会合(恐らくだけど、マンチェスター・シティの幹部たちが、地域社会の幹部たちを説得する場だと思う)に乗り込んできたマーガレットが一席ぶつのだ。それは、「許しを与えるより憎む方が簡単で、だからそんなあなたがたも実は加害者なのだ」というような主張だった。このマーガレットの主張に心を動かされたラビは、翌日新聞に、各ユダヤ人たちは個別に自由な意見を持っていいが、ユダヤ人社会全体としてはチームへの支持を継続する、と声明を発表し、これを潮目に流れが変わることになる。このマーガレットの演説が、凄く良いシーンだったと思う。

さらに言えば、マーガレットが演説で言った「許しを与えるより憎む方が簡単」というのは、もともとはバートがマーガレットに当てつけのように言った言葉だった。まだバートを敵対視していたマーガレットは、その言葉に怒りを覚えて反論するのだけど、後に同じ言葉を、バートを擁護するための言葉として使うのだ。この構成も良かったなと思う。

とにかく、マーガレットが実に魅力的な女性だった。見た目的な可愛らしさみたいなのももちろんなのだけど、女性だからと言って主張や意見を止めたりせず、誰かに頼るのではなく個人としての自立を強く持っている芯のある女性で、こういう人が近くにいたら好きになっちゃうな、という感じだった。バートの人生は、ありえないほどの幸運の連続で成り立っていると思うのだけど、マーガレットとの出会いが一番大きな奇跡ではないか、と思えるほど、バートの人生には不可欠な存在だったと思う。

赦すということの難しさと大事さを改めて考えさせられる映画だった。

サポートいただけると励みになります!