【映画】「ある画家の数奇な運命」感想・レビュー・解説
内容に入ろうと思います。
幼い少年だった頃、ちょっと変わったエリザベト叔母さんに憧れを抱いていたクルト。ナチス政権下では「退廃的」とされていた抽象的な芸術展にクルトを連れて行ったり、素っ裸でピアノを弾いたりと、時々変わったところの目立つ叔母さんだった。ナチスは、優生学を信奉し、精神病者や障害者の遺伝子を後世に残さないようにするため、そういう者たちを断種(不妊治療的なことだと思う)したり、あるいはユダヤ人同様ガス室で殺したりした。”劣った遺伝子”を断種するという大方針はナチスが発するが、その実務を担うのは当然、現場の医師だ。医師たちは、断種する者には青でマイナスを、無価値な命と判断した者には赤でプラスを書けと指示する。
そんな指示を受けた一人がゼーバント教授だ。彼は病院長として、そういう者たちの”鑑定”を行った。エリザベト叔母さんの”鑑定”も彼が行った。ゼーバントは、赤のプラスを書いた。
幼い頃から絵の才能があったクルトは、戦後東ドイツの美術学校に入学した。共産主義を掲げる東ドイツでは、抽象絵画は良しとされず、労働者を鼓舞したり称賛したりする絵が”正解”であると教わった。クルトは優秀で、学内での評価も高かったが、彼自身はどことなく納得のいかないものを感じていた。
一方、その美術学校で彼は、エリザベトという名の女性と出会う。なんと、まさにエリザベト叔母さんと瓜二つの女性だ。二人は仲良くなり、タイミング良く空室となったエリザベト家の一室に”偶然”住むことになる。
当然クルトは、エリザベトの両親とも顔見知りになる。出会った時には知る由もないことだが、エリザベトの父親はなんと、エリザベト叔母さんの”鑑定”をしたゼーバント教授だった…。
というような話です。
この映画は、ゲルハルト・リヒターという現代美術界の巨匠をモデルにしたものだという。公式HPによれば、監督が映画化を申し込んだところ、一ヶ月の取材が許可されたが、映画化にあたっては、「登場人物の名前は変えること」「何が事実で何が事実でないかは絶対に明かさないこと」という条件が付されたという。というわけで、この映画の描写の何が事実で何がフィクションかを知る方法はない。
僕は、映画を観る前に事前情報をほとんど知らない状態にしておくことが多いので、この映画についても、「付き合った相手の父親が、最愛の叔母を殺した張本人」というざっくりした設定しか知らないまま映画館に行きました。驚いたことに、この事前に仕入れた情報は、映画の中でほとんどまともに描かれず、物語の中核にもなりません。若干ネタバレになるのかもしれないけど、「叔母さんを殺したのが、奥さんの父親だ」という事実をクルトが知ったかどうか、映画の中で明確には描かれません。映画で描かれているのは、クルトが30歳前半ぐらいまでのことなので、その時点ではまだ知らなかった、ということかもしれません。とにかく僕としては、「憎き相手が身近にいた」という点が物語の中核になるものだと勝手に思い込んでいたから、全然違う話で正直驚きました。
この映画、なんと3時間もあるんですけど(これも、観る直前まで知らなかった)、前半と後半では結構テイストが違います。前半は、「ナチスの異常な政策」が中核にあります。優生学を元に、精神病者や障害者を「生きる価値のない命」と断じて処分していくという、ドイツの過去の闇の部分が中心に描かれていきます。もちろん、物語はずっとクルトが主人公なので、ナチスとは関係ない描写もたくさんありますが、クルトが東ドイツを脱出する前までは、戦後であってもやはり、ナチスの名残りみたいなものがそこかしこに残っている時代であって、東ドイツにいる間のクルトは、「ナチス(あるいは共産主義)に翻弄される一個人」というような描かれ方だと感じました。
一方、エリザベト(叔母さんと同じ名前で呼ぶのが嫌で、エリーと呼んでいる)と結婚した後、ベルリンの壁が出来る直前に西ドイツに移ってからは、クルトという個人がようやく主役として立ち上がってきた、という感じがしました。東ドイツでは、「個性なんて要らない」「職人に徹しろ」「芸術家が喜びを得るのは、人民に奉仕した時だけ」という教えだったのが、一転、「個性!個性!個性!」という環境にやってきた(まあそれは、西ドイツの中でもデュッセルドルフが例外的な環境だったようだけど)。デュッセルドルフの美術学校に入学したクルトは、ここで、「自分の個性ってなんだ???」という大きな大きな壁にぶつかります。
すごく印象的だったのが、その美術学校の教授で、クルトの入学を許可した人物(”教授”としてしか呼ばれてなかった気がするから名前が分からない)。彼は、「脂」と「フェルト」という、非常に特殊な素材だけを使い続けて芸術作品を作っているのだけど、その理由が明らかになる場面がある。突然、何の話が始まったんだ?と最初は困惑したけど、僕としては、この映画全体の中でも一番と言っていいくらい印象的な場面だった。この謎めいた教授の言葉をきっかけに、それまでの創作態度を一変させ、芸術家としての一歩を踏み出せるようなオリジナリティを生み出せるようになっていく。
後半は、そんなクルトの悩みを追いかけていく展開になっていきます。
映画全体として、凄く面白かったという感じではなく、どちらかというと微妙だったなという感想なんですが、場面場面で印象的に覚えているものがいくつかあって、それは鮮烈で良かったなという感じがしました。
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