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【本】結城浩「数学ガール ポアンカレ予想」感想・レビュー・解説

「数学ガール」シリーズは、この「ポアンカレ予想」で6作目になるが、1作目を読んだ時の衝撃は今でも忘れられない。数学を真正面から扱った本で、こんなに面白い作品があるのか!という驚きだった。主人公の「僕」が、同級生の「ミルカさん」、後輩の「テトラちゃん」と一緒に難しい数学に取り組む物語形式の本で、易しい話題からスタートし、その数学がそんなところと繋がるのか!という驚きを経ながら、非常に難しい数学の頂きまで自然と連れて行かれるような、興奮と萌えに満ちた一冊だ。その後もキャラクターをどんどん増やしていきながら、「数学ガール」シリーズは進化を続けている。

さて、そんな本書のテーマは「ポアンカレ予想」だ。この「ポアンカレ予想」については、最終的な証明を成し遂げたペレルマンという数学者にまつわる常軌を逸した物語が様々にあるのだが、その話はまた別の機会に譲るとして、今回は「ポアンカレ予想とはなんぞや?」という部分に焦点を当てようと思う。

まず、通常「ポアンカレ予想」と呼んでいるものは、「3次元のポアンカレ予想」だ。ポアンカレ予想は、どんな次元でも(100億次元でも)定義できるが、2次元の場合は昔から正しいことが知られており、4次元以上については他の数学者がその正しさを証明していた。最後に残った3次元におけるポアンカレ予想が、難攻不落の超絶難問だったというわけだ。

これをいかに攻略していったのか。様々な人物が関わってくるが、特に重要なのは3人。「幾何化予想」のサーストン、「リッチフロー」のハミルトン、そしてペレルマンだ。

それではまず、「ポアンカレ予想」をイメージするための前段階として、2次元、つまり図形の表面を例に取ってとある状況を説明していこう。

まず、巨大な「ボール」と「ドーナツ」のことを考えて欲しい。大きさは地球と同じぐらい。そして、それぞれの表面に自分が立っている、と想像して欲しい。

さて、あなたは自分が「ボール」の上にいるか、あるいは「ドーナツ」の上にいるか、どうやったら判別出来るだろうか?どちらの表面も真っ暗で、明かりのようなものは一切なく、目で見て判断するためのすべての手段は封じられているとしよう。

真っ暗で何も見えないとしたら、どっちの表面にいるのか判別する方法はないと思うだろう?しかし、その方法は一つだけある。

車と無限に長いロープを用意する。そして、ロープの一端をどこかに固定し、もう一方を車に結びつけ、あなたは表面上をメチャクチャに疾走する。そして、充分あちこち動き回った後で、スタート地点に戻ってくる。つまり、今あなたの手元には、ロープの両端があるということになる。

ここで、両端を引っ張ってロープ全体を手繰り寄せてみる。この時、あなたが立っているのが「ボール」なのか「ドーナツ」なのかによって、ロープをすべて回収できるかどうかが変わることになる。

「ボール」なら、あなたがどんな風に表面上を動き回ったとしても、ロープを手繰り寄せればどこにも引っかかることなくすべて回収できるだろう。

しかし、「ドーナツ」の場合はそうはいかない。何故なら、「ドーナツ」の穴を一周するようにロープが回っていれば、ロープをどんなに手繰り寄せようとしても引っかかってしまい、ロープ全体を回収することは出来なくなる。

つまりあなたは、真っ暗で視覚情報が何も得られなくても、ロープを手繰り寄せられるかどうかで、自分がどんな形をした表面にいるのか分かるということだ。この話は「表面」、つまり「2次元」においての喩えである。

さて、この話を踏まえて、「3次元のポアンカレ予想」について考えてみよう。

ポアンカレ予想はよく、宇宙の形が分かると表現されることがある。ポアンカレ予想を、非常に分かりやすく表現すると以下のようになるからだ。

先程の例と同じく、あなたは宇宙空間のどこか(地球でもOK)にいて、宇宙船と無限に長いロープを持っている。ロープの一端をどこか(地球など)に固定し、もう一方を宇宙船に結びつけ、あなたは宇宙空間をメチャクチャに飛び回り、スタート地点に戻るとしよう。

さてここで、先程と同じくあなたはロープを手繰り寄せる。この時、
【もしロープをすべて回収することが出来たら、宇宙の形は「概ね丸い」と言える】
というのが、ポアンカレ予想の大雑把な説明だ。あるいは、
【3次元においては、「概ね丸い」以外の形の場合は、ロープを回収することは出来ない】
と表現することも出来る。そしてペレルマンは、この予想が「正しい」ということを証明した。

これが、あらゆる数学者の挑戦をはねのけてきた超難問なのだ。

ペレルマンは、実は直接ポアンカレ予想を証明したわけではない。ペレルマンは、サーストンという数学者が提唱した「幾何化予想」を証明したのだ。そこで、幾何化予想を証明すれば自動的にポアンカレ予想を証明したことになる、ということを今から示そう。

幾何化予想を生んだサーストンは、ポアンカレ予想をまったく違った方向から考えた。彼はまず、「宇宙が取りうる形にはどんなものがあるだろう?」と考えたのだ。そして彼は、宇宙の形がどんなものであろうとも、「最大で8種類の断片から成り立っている」と予想した。これが幾何化予想だ(先程から「宇宙」「宇宙」と書いているが、「宇宙」というのは喩えであり、「3次元空間」程度の意味だと思って欲しい)。

「最大で8種類の断片から成り立っている」というのはイメージしにくいかもしれないが、要は「最大で8種類のレゴがある」と思って欲しい。そして、その8種類のレゴを組み合わせた無数の可能性の中のどれか1つが宇宙の形だ、とサーストンは予想したのだ。

幾何化予想を通じて、サーストンが主張したことがある。それは、8種類の内の1つである「概ね丸い」だけはロープを回収できるが、それ以外の7種類のどれか一つ(のレゴ)でも使われていると、ロープは回収出来ない、というものだ。

ここまでの話を整理しよう。まず幾何化予想は、宇宙は「最大で8種類の断片から成り立っている」と予想する。さらに幾何化予想は、8種類の内ロープが回収出来るのは「概ね丸い」だけだという主張を含んでいる。

ということは、幾何化予想を証明しさえすれば、ポアンカレ予想が主張する「もしロープをすべて回収出来たら、宇宙の形は「概ね丸い」と言える」が証明できることになる。理解できるだろうか?

ここでハミルトンの登場だ。彼は、物理学の熱力学方程式を応用した「リッチフロー」という手法を開発した。ペレルマンも、この「リッチフロー」を改良することによって最終的な証明を成し遂げた。ハミルトンは「リッチフロー」を駆使し、「リッチ正」という条件付きでポアンカレ予想を証明した。しかし、この「リッチ正」という条件を外すと、「葉巻型特異点」という大問題が発生する可能性があり、ハミルトンはどうしてもこの障害を取り除けなかった。

ここで御大ペレルマンの登場だ。彼は「葉巻型特異点」が生じない、ということを証明したのだ。他にも、いくつもの独創的な理論によって「リッチフロー」という手法を整備し、最終的なポアンカレ予想の証明に行き着いたのだ。ポアンカレ予想は、クレイ数学研究所が発表した7つの「ミレニアム問題」の内、唯一証明されたものでもある。

このペレルマン、数学界最高の名誉を辞退し、100万ドル(約1億円)の賞金も受け取らなかった孤高の数学者なわけだが、その話はまた別のところで。


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