【映画】「ドリーム」感想・レビュー・解説

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僕は、才能ある者の才能を活かせない人間は無能だ、と思っている。当たり前だ、と思うだろうか。でもそういうことは、今の時代でも日常的に起こっている。社員だからバイトよりは優秀だ、男だから女より優秀だ、日本人だから東南アジアの人より優秀だ…そんな偏見はいくらでもあるし、そういう偏見が、才能ある人間が能力を発揮することを阻んでいる。

『自分の役割が分かっているか?皆を導く天才を見出すことだ』

女性、しかも黒人の女性ばかりが登場することの映画の中で、非常に印象的な存在感を持つ一人の白人男性の言葉だ。彼がいなかったら、彼女たち黒人女性は活躍することは出来なかったのだろう。

他人を認めることには、才能が必要だ。何かの能力に秀でている人間に引け目を感じる必要はない。そういう人間が近くにいることに気づいているのなら、それだけで十分に才能がある。さらにその天才の能力を伸ばし、適切に活かせる場所に配置することが出来れば、なお有能だ。僕は、そういうことが出来る人間になりたい、と思っている。

この映画は、黒人に対する差別が残る時代のアメリカが舞台となっている。今では欧米でも黒人に対する差別は「表向き」なくなったように思えるが、とはいえまだまだ根強いものはある。さらにこの話は、白人・黒人の問題に留まらない。決して過去の話ではなく、現在進行形で、今もどこかで起こっている話なのだ。

『「私は、偏見は持っていないのよ」
「ええ、分かっています。そう思い込んでいることは」』

僕も、自分ではあまり偏見を持っていない人間だと思っている。でも、実際は分からない。偏見は、自分にとってあまりにも自然な判断だから、意識に上っていないだけ、という可能性もある。そのことを、僕自身も常に忘れないようにいたい、と思っている。

内容に入ろうと思います。
1961年、アメリカはソ連と有人宇宙飛行の実現に向けて激しい競争を繰り広げていた。そして同時にアメリカでは、「白人用」「非白人用」という区分が残る州も多くあり、NASAのある州も、まだその古い体質の残る場所だった。
そんなNASAで働く黒人女性たちがいる。彼女たちの多くは「計算係」として働いている。まだコンピュータが存在していない時代、発射や着水のための様々なデータは、すべて手計算で行われていたのだ。
黒人女性たちを束ねる管理職のような仕事をしているドロシー、技術に対する造詣が深く技術者になるように勧められているメアリー、そして誰よりも正確に完璧にどんな計算でもこなすキャサリン。この三人の黒人女性たちは、黒人で女性である、という激しい偏見と闘いながら、それぞれの能力をアメリカ国家のために活かそうと身を粉にして働いている。
しかし、やはり現実は厳しい。ドロシーは、前任の管理職がいなくなった後、ずっと代行のような形で管理職の仕事をしているが、黒人だという理由で管理職になれないでいる。キャサリンは、同僚からは技術者になるよう勧められるが、NASAの規定上、白人しか通えない学校の講義を受講していないと技術者プログラムを受けられないことになっている。キャサリンは宇宙特別本部でロケットに関する重要な計算を任されているはずなのだが、同僚の白人男性から仕事に支障を来たすような扱われ方をされるし、何より、「非白人用のトイレ」が近くにないせいで、日に何度もNASAの広い敷地を走り、「非白人用のトイレ」がある建物まで用を足しに行かなければならない。
NASAの面々は皆全力で仕事をしているが、ついに1961年4月12日、ガガーリンが有人宇宙飛行を達成。アメリカはソ連との競争に敗れることになった。
何としてでも有人宇宙飛行を成功させなければならないNASAだが、それでも、黒人に対する旧弊な考え方は簡単にはなくならない。それらを一つずつ跳ね除けながら、彼女たちはやがてNASAにとってなくてはならない存在になっていく…。
というような話です。

いい映画だったなぁ。ドロシー、メアリー、キャサリンの三人は実在の人物であり、だからこの映画も基本的には実際の話をベースにしているんだろうとは思います。映画的な脚色があるはずなので、どこまでが本当の話なのかは分からないのだけど、ストーリー全体としてこんなことがあった、ということは事実なんだろと思います。

三人の女性にはそれぞれ、見せ場がある。

ドロシーのシーンで一番好きなのは、図書館のシーンだろうか。先を見通して、自分が今すべきことは何かを考えて行動に移す、という場面が素晴らしくて、その行動がやがて、上司からある打診を受けた際の返答にも繋がっていきます。

メアリーのシーンで一番好きなのは、裁判所でのシーンです。そこで彼女は、ある権利を勝ち取るために判事に向かってスピーチをするんだけど、これが実に良い。『だから私が前例となるしかないのです』という言葉は、グッと来たなぁ。

キャサリンは、この三人の中でも一番主役級の扱いなので、良いシーンはたくさんありますが、僕としてはキャサリンがその場にいなかったある場面を挙げたいかなと思います。それは、グレンという宇宙飛行士がキャサリンについて言及する場面で、彼の一言が、なんというのか、キャサリンのそれまでの様々な不遇をすべて吹き飛ばしたような、そんな爽快感があったなと思います。

そして、僕が一番好きなのは、名前は忘れちゃったけど、キャサリンの上司である白人男性です。先程も書いたけど、彼がいなかったら、キャサリンを始めとした黒人女性たちはNASAの中で活躍することが不可能だったでしょう。黒人であり、さらに女性であるキャサリンに対して、自分こそ有能だと思っている白人男性たちは嫌悪感や敵意を示すことになりますが、上司だけは常にキャサリンのことを、圧倒的な才能を持つ者として扱います。黒人であろうが女性であろうが、NASAの計画にとって必要であれば仕事も任せるし規則も破る。そういう気概を持つこの上司は素晴らしいと思いました。

この上司の一番好きなシーンは、ハンマーを振り下ろしているシーンですね。カッコイイ。口ではなく、きちんと皆の前で行動によって示す、という見せ方はいいなと思います。

この映画の良さは、「アメリカの宇宙開発」という正の部分と、「黒人差別」という負の部分を両面で描いていく、というところだと思います。「アメリカの宇宙開発」の部分で実際の映像が使われているのはある種当然としても、「黒人差別」の部分についても、当時起こった事件の映像を映画の中に取り込んでいます。白人を過度に賞賛するでもなく、黒人を過度に貶めるでもなく、比較的どの要素もフラットに物語の中に取り込んでいるように感じられるのが良かったと思います。

実に素敵な映画だったと思います。

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