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【本】結城浩「数学ガール ガロア理論」感想・レビュー・解説

第一弾を除いて、どのシリーズにも副題がつきますが、それは最終的な目標地点を明示しています。本書では「ガロア理論」。20歳で決闘によって命を落とした19世紀の天才数学者・ガウスによって生み出された、<方程式が代数的に解けるための必要十分条件>を初めて解き明かした理論に向けて、冒頭から様々な話が展開されていきます。
ガロアについては、こんな話を聞いたことがあります。

『たとえば、アインシュタインは「相対性理論」を生み出した。でも、「相対性理論」は、アインシュタインでなくても、恐らくきっと誰かが発見していただろう。しかし、ガロアが生み出した数学は、恐らくガロアがいなければ生み出されなかったのではないか。そういう意味で、ガロアは唯一無二の天才だ』

この評価がどの程度当たっているのかわかりませんが、確かにそんな風に言われてもなんとなく納得してしまうような感じはします。方程式というものを<体>と<群>の両面から眺め、その両者に橋渡しをしたガロア理論は、その後数学者たちに受け継がれ、今では数学の一つの重要な分野として、様々な場面で応用されています。
さて、まず先にこの「数学ガール」シリーズの全体的な設定の話をしましょう。
主人公は、高校3年生(受験生)の僕。僕の周りには、様々なタイプの<数学ガール>がいる。
僕と同学年の数学の天才・ミルカさん。彼ら数学愛好者にとっての講師的な存在で、その類まれな数学的才能で、数学愛好者たちを未知の世界へと引き込んでいく。ツンデレのデレがほとんどないバージョンで、僕はミルカさんのことが好き。
一学年下の後輩・テトラちゃん。テトラちゃんは当初、僕に数学を教わりに来た子。数学に興味があるけど、凄く理解できるというわけではなかった。けれど、ミルカさんや僕との数学談義でメキメキと力をつけていき、今でも僕に数学を教わるけれども、僕には思いつかないような発想や理解にたどり着くことも多い。言葉に対する感覚が鋭いのと、分からないことを分からないまま放置しないことが強み。

僕の従姉妹のユーリ。中学3年生(受験生)。ユーリはよく僕の部屋にやってきて数学を教わる。中学生だから、まだそこまで難しいことは理解できないのだけど、数学への興味は抜群。論理に関して強みを発揮する。
双倉図書館の主みたいな存在の赤髪のリサ。寡黙で単語でしか喋らないが、数学の才能は確か。ミルカさんとは従姉妹同士。常にラップトップのパソコンをいじっている。
こういった面々が、様々な場所で数学談義を繰り広げる。そして本書の最後では、学園祭での展示という形で、ガロアが残した第一論文を丁寧に追っていくことになる。
というわけで、本書の中身をざっと追っていこう。基本的に、ちゃんと分かって書いているわけではないから、間違っていることも多々あるでしょう。なんとなくざっくりとした流れ、みたいな感じで捉えてください。

第一章は、ユーリと僕による「あみだくじ」の話。あみだくじを数学的に扱うために色んな記号なんかを導入して、<ぐるりん>とか<すとん>と言った表記も導入して、あみだくじの構造を探っていく。
第二章では、ユーリと僕による二次方程式の話から、<体>の話になる。<体>というのは、加減乗除が定義されている数の集合。加減乗除によって閉じている、なんて表現もする。つまり、その体の中に含まれているどんな要素についても、加減乗除をすることでその体に含まれる数を生み出せる、ということだ。この体の概念は、本書の中で特に重要だ。最後の最後まで体の話は付きまとってくるから、体についてはきちんと理解しておこう。ここでは、二次方程式を解く中で、<体に冪根を添加する>とか、<体の拡大>なんていう話が出てくる。要するに、因数分解をどの範囲で行うのかというのを、体の概念を使って表現しているのだけど、なるほど面白い。

第三章では、ユーリが研究しているあみだくじを使って、<群>の話がされる。この<群>も、<体>と並んで非常に重要な概念だ。群はちょっと定義がサクッと書けないんで省略するけど、ここでは、単位群・巡回群・部分群・アーベル群など、群の基本となる話について詳しく解説される。
第四章では、村木先生のカードが登場する。村木先生というのは、僕やテトラちゃんに時々数学の問題をくれる先生。今回の村木先生のカードには、「x^12-1」という式しか書かれていなかった。この式について色々と考えてみなさい、という意味だ。テトラちゃんと僕はこの式についてあれこれ考える中で、正十二角形や三角関数にたどり着く。そしてそこからはミルカさんが引き取る。ミルカさんは、1の原始12乗根(12乗して初めて1になる数)を考え、そこから素数のように因数分解できる円分多項式の話や、方程式というくびきを持つ共役複素数についての話になる。
第五章では、角の三等分問題をユーリと一緒に考える。角の三等分問題は、古代ギリシャの時代からある非常に有名な問題だ。これは、<与えられた2点を通る直線が引ける>定規と、<与えられた2点の片方を中心とし、他方を通る円が描ける>コンパスだけを使って、与えられた角を三等分出来るかどうか、という問題だ。これは既に証明されていて、「三等分できない角度もある」ということが証明されている。定規とコンパスだけで、加減乗除と開平(二乗根の計算)は出来ることが分かっているから、角の三等分問題というのは、ある数が<加減乗除と開平によって生み出せる数=作図可能数>であるかどうかを考える問題と捉えることが出来る。
ここから僕は、60°が三等分出来るかどうか考える。それは、c0s60が作図可能数かどうかという問題に読み替えられ、さらに<x^3-3x-1=0は作図可能数の解を持つか>という問題に帰着出来る。これを、有理数の解を持つか、という問いから初めて、体に冪根を添加する有限のステップで解き明かせることを示す。
第六章では、ベクトルの話から線形空間の話になる。線形空間とは、ベクトルのスカラー倍と、ベクトルとベクトルの和の二つが定義された空間のことで、座標平面や複素平面を<◯上の線形空間(◯には、実数とか有理数とかが入る)>と捉えることで、線形空間の話から、空間の次元の話が取り出せることを示す。

第七章では、また村木先生のカードが登場する。今回は、7枚のカードが登場する。そしてこの7枚のカードを順に攻略していけば、三次方程式の解の公式が導き出せるという。ここで、後の話でも重要になる<ラグランジュ・リゾルベント>の話が出てくる。n次方程式のラグランジュ・リゾルベントを考えることで、方程式を代数的に解くとは、<方程式の係数体から最小分解体まで、冪根の添加でたどり着くこと>だとわかる。
第八章では、テトラちゃんが僕に講義するという珍しい一幕。体について包括的に知るために、参考書で勉強したことを、自らの理解のために僕に話す。ここでは、拡大次数、つまり、ある体に冪根を添加することでどれだけ次数が拡大するかを示すもので、そしてこのやりとりの中で、テトラちゃんは大きな発見をする。しかし…。またミルカさんから、対の拡大次数を使った角の三等分問題の解法に関する手紙が届く。
第九章では、学園祭の展示の準備も兼ねつつ、ユーリの研究しているあみだくじを元に、あみだくじの時に出て来た三次の対称群S3を分類する。S3の部分群による割り算の結果出て来たものを剰余類と呼び、それによって対称群を分類する。また、剰余類の集合が群になるものを正規部分群と呼び、これこそがガロア理論における核心の一つとなる。
第十章では、ガロアが遺した第一論文を、これまで学んできたことを元に追っていく。
という感じの内容です。
今回も面白かったなぁ!ホントこのシリーズは、どんどん難しくなっていく。「数学ガール」の第一巻目とか、今から考えるとかなり易しかったなって思いますね。
難しくなっていく原因の一つ(っていう言い方はきっとおかしいんだけど)は、テトラちゃんがメキメキと実力をつけてきたってのがあるんだと思います。シリーズの初めの方では、テトラちゃんはまだ結構初歩的な理解しか出来なくて、だから作品全体のトーンもテトラちゃんが理解できる範囲に落ち着いていたんだけど、今ではもうテトラちゃんはかなり理解力が増して来ていて、それもあって余計難しくなっていく。とはいえ、中学生のユーリがいるから、ユーリが出てくる部分の話は、まだちゃんと追いつける。そういう風に、キャラクターを成長させながら読者の理解についてもきちんと配慮があるこのシリーズは、やっぱり素敵です。
しかしやっぱり難しかった!特に、<体>と<群>がハンパなく難しい。僕は数学好きだけど、やっぱり概念的なものを理解するのは凄く大変。方程式を式変形でガリガリ解いていくみたいなのは別に普通に出来るんだけど、<体>とか<群>って形が目で見えるものじゃないんですよね。手触りもないし、匂いもない。そういうものについて、数学的な様々な道具を使って攻めて行く。それが数学の醍醐味なんだけど、でもホント難しいんだよなぁ。楽しいけど!

しかしガロアが凄いのは、数学的な概念がまだ生み出されていなかった時にガロア理論を生み出したことだ。ガロアの第一論文は、当時最高の数学者であったポアソンでも読みにくいと言っているほどだという。しかし、それは仕方がない。何故なら、当時はまだ<体>とか<群>とかって概念が存在しなかったからだ。ガロアは、<体>とか<群>とかってものがきっちりと発見され定式化される前に、概念だけを自らの内側で掴んでいた。そして、それを表現するだけの数学的な言葉や道具を持たないままで、自らが考えたことを記していったのだ。それは、1とか2とかっていう数字がない時に計算をやらなければいけないようなもので、メチャクチャ大変だっただろうと思う。ガロアは、決闘の前夜まで論文に手を加え、また親友に手紙を送っていた。だからこそ今僕らは、ガロアの思考を追うことが出来る。
最終的な到達点であるガロア理論は、やっぱりメチャクチャ難しかったんだけど、でも案外読めた。もちろんそれは、それまでの章でガロア理論の理解に必要となる様々な概念を分かりやすく提示してくれているからなのだけど、それにしても思ったよりは読めた。前のゲーデルの不完全性定理の方が圧倒的に難しかったなと思う。普通にガロア理論を理解しようとしたら、ここまでは理解できないだろう。それが、このシリーズの凄さなんだよなぁ。
<体>や<群>の話が滅法難しかった僕にとって、本書の中で凄く面白かった話というのは、角の三等分問題と、村木先生のカードによる三次方程式の解の公式の話。この二つは、どちらかというと式をガリガリ変形していくようなタイプの問題で、概念的に難しい話がそこまで出てこないから凄く好きです。
角の三等分問題は、なるほどそういう話だったのか、というのが凄くわかりました。作図可能数というのは聞いたことがあるような気がするし、定規とコンパスで加減乗除と開平は出来るって話も、ガウスが正十七角形の作図が可能であることを示した話も知ってたんだけど、なるほど全体としてはそういう話だったのか、と。角度を三等分するという問題が、普通に方程式をガリガリ変形して解いていく話に変換できてしまうってところが、凄く面白いなと思いました。
三次方程式の解の公式の話もいいですね。自力では絶対に思いつかないような式変形とか確かにあるけど、数式を追っていけば、なるほどそういうことかと理解できる。前に「数学ガール」のシリーズの中で、フィボナッチ数列の一般項を求める話があって、あれにも感動したけど、この三次方程式の解の公式を導く話も凄く面白かったです。
このシリーズは、人間関係もうまいこと描かれているというのがいい。しかもそれも、ただの付け足しとしてではなく、数学と絡みあっている。特に、第八章でのテトラちゃんによる講義の場面は素晴らしい。数学のやり取りの中でうまれた感情によって、関係性が変化していく。萌え的な要素をただ無闇に足しているのではなくて、数学的な展開と絡めて人間関係の変化も描かれるというのはやっぱり凄いなと思います。

あと、凄く印象的だったのは、第十章における、ミルカさんのガロアに対する感情ですね。普段感情を顕にしないミルカさんだからこそ、凄く映えるなぁ、と思いました。
だんだんシリーズが難しくなっていって、それは歯ごたえという部分では凄く素敵なんだけど(やっぱり、一般向けに書かれる数学の本って、どうしても「わかりやすい!」とか「数式はありません!」みたいなのが多くて、物足りなさを感じることが多いのです)、でもついていくのがホント大変になるなぁ。これを読むために、一週間ぐらいの休暇が欲しいよ(笑)。ホントに、後の数学者なんかに絶対、中学の頃から「数学ガール」を読んでました、なんて人が出てくるよなぁ。ホントに素晴らしいシリーズだと思います。本書はちょっと文系の人には難しすぎると思うけど、シリーズ第一弾なんかは、文系の人でも半分ぐらいは読めるんじゃないかなって気がします。是非読んでみてください。本書にも、こんなことが書かれています。

『もっと読もう。もっと学ぼう。本は私たちを待っている。』


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