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【本】朝井リョウ「星やどりの声」感想・レビュー・解説

内容に入ろうと思います。


舞台は、快速に乗れば50分程で新宿までたどり着く、海沿いの町・連ヶ浜。商店街から少し離れたところにある「星やどり」という軽食喫茶の店で物語は生まれる。


建築家だった父は、六人兄弟がまだ小さい頃、ガンで亡くなった。それから、星やどりの切り盛りは、すべて母・律子の双肩に掛かることになった。ビーフシチューと自家焙煎のコーヒーが自慢の店。子どもたちはみんな、父とビーフシチューが大好きだ。


就職活動が全然うまくいかなくて焦っている長男・光彦。常にカメラを持ち歩き、まったくランドセルが似合わない大人びた三男・真歩。サンダルとばっちりメイクで高校に行き、派手な友達と全力で若さを謳歌する二女・小春。アホ全開で、でも幼馴染の女の子の動向が気になる二男・凌馬。小春と双子の姉妹で、でも小春とは対照的に黒髪ノーメイクで秀才の三女・るり。そして、父のいなくなった早坂家を必死で支え続けた長女・琴美。


兄弟たちの中には、いつまでもずっと父親の面影が夏の余韻のように残っている。それぞれが、自分の置かれた立ち位置から、自分の将来と早坂家の将来を見ている。父親という中心をぽっかりと失った早坂家は、ところどころ見えない隙間に侵食されながら、少しずつその形を削り取られていく。


星やどりにはブランコの形をした席があり、その席の常連のおじいさんがいる。茶色のカーディガンをいつも来てるから、ブラウンおじいちゃんとみんな呼んでいる。そのブラウンおじいちゃんが店に来なくなったことが、一つのきっかけだった…。


というような話です。


いやはや、ホントやべぇ。やべぇよ。俺、朝井リョウの小説とぴったり過ぎるんだ。羊水みたいにぴったり。


なんだろうなぁ、この吸いつくような感じ。自分と同じ形をした何かにすっぽり包まれたみたいな感覚が凄すぎる。デビュー作の「桐島、部活辞めるってよ」の時もホント衝撃を受けたけど、この作品も凄いなぁ。ホント、朝井リョウは僕にとってちょっと凄すぎる作家だ。


僕は、朝井リョウの書く小説の、人間や情景を描写する時のタッチが物凄く好きなんだ。絵心のない僕には経験はないけど、画家がカンバスに絵筆を引いた時、まさに自分がイメージしたぴったりの色やラインが出た、みたいな感じかもしれない。朝井リョウの絵筆の動かし方、カンバスに定着する絵の具の感じ、絵筆を引く時のためらいのなさ。そういうものが本当に好きだ。


「桐島~」の時は、こんなに活き活きと高校生を描ける作家がいるなんて、っていう衝撃にやられた。あの読後感はちょっと衝撃的だった。言葉が煌めいているような感じがして、触ったら弾けそうな気がした。

一瞬の切り取り方も好きだ。本書では、真歩って小学生がカメラを撮るんだけど、そこからの連想で、朝井リョウのフレームの切り取り方が凄く好きだなと思う。


そんな風に世界を切り取ってみせるんだ、ってあらゆる場面で思った。人物を、瞬間を、情景を、そんなフレームで切り取るんだ、って。自分では絶対に撮れない写真を見ているような気がする。同じようにカメラを構えていても、僕にはそれは見えていないし、そのフレームも見えていない。朝井リョウは、自然にその立ち位置に立って、自然にそのフレームでそれを切り取る。その切り取り方が僕にとっては絶妙過ぎる。


「桐島~、」の時は思わなかったけど、本書を読んで、なんか小説を書いてみたくなった。誤解されるだろうからちゃんと書くと、それは別に、これぐらいの小説だったら俺だって書けるよ、なんて感覚からじゃ全然ない。

これもまた写真の喩えで言うと、自分にピッタリ来る写真を見た時に、これと同じ視点から見てみたい、って思う感覚に凄い近い気がする。ちょっと違うメガネでも掛けているのかもしれないって疑いたくなるぐらい、僕は朝井リョウとは違うものを見ている。

そして僕は、朝井リョウが見ているその見方に憧れてしまう。同じ場所から同じようにして自分も見てみたい。その場所に立って、同じようにカメラを構えたって、きっと同じようには見えないんだろうな、とは思う。それでも。それでもいいから、同じ場所に立ってみたいし、同じようにカメラを構えてみたい。


なんか、凄くそんな風に思わされた。小説を読んで、小説を書いてみたくなった、ってのは、もしかしたら初めてかもしれない。

冒頭からまず惹かれる。冒頭3ページぐらいで、兄弟六人の描写が一気にされる。僕は普段小説を読んでいても、登場人物の名前をなかなか覚えられないし、そのキャラを把握するのにも結構時間が掛かる。でも本書の場合、初めの3ページを読んだだけで、兄弟六人の名前とキャラは全部インプットされてしまった。ビックリした。ホント、どんな魔法を使ったんだろうって思った。大げさじゃなくてホントに。

「桐島~」の時も衝撃的だったけど、ホントに朝井リョウは、人物の立ち上げ方が巧い。ふわり、って音が聞こえてきそうなくらい、何かが空から舞い落ちてくるかのように、いつの間にか人物の輪郭がそこにある。それは、雪みたいにはらとやってくるのに、雪のようには簡単には溶けない。砂糖を混ぜたしゃぼん玉みたいに、触れても割れない。でも、輪郭はぐにゃぐにゃしてる。その不安定な感じを安定感のある文章で描き出していて、なんか凄いんだホント。


個々のストーリーとか、個々の人物とか、色々書きたいことはある。でも、なんか違うんだよなぁ。「桐島~」の時も思ったけど、朝井リョウの小説って、要素に分解することに意味がないかもって思っちゃう。割と普通の小説って、ストーリーはこんなで、展開はこんなで、キャラクターはこんなでって感じで、要素の集合として全体を語ることが出来るって僕なんかは思ってたりする。それぞれの要素の足し算が全体、みたいな感じ。

でも朝井リョウの小説って、そうじゃない気がする。そもそも要素に分けられない気がするし、要素に分けたところで、それを改めて足しあわせても元通りの全体にはならなそうな感じ。なんだろう、ホントに。でもそう感じなんだ。ストーリーはこんな感じでとか、展開はこんな風になってとか、キャラクターはこんなところが良くて、みたいなことをいくら書いたって、そうじゃない部分に核心みたいなものがあるような気がしちゃう。どうしても僕には捕まえられないその核心を捕まえようと、作品をどう切り刻んでみても、やっぱりその核心は見つからないような気がするんだよなぁ。


でも一つ思うのは、その核心の部分ってもしかしたら、読者の側にあるのかもっていう風にも思う。巧く説明できないけど、作品全体に読者が持つ何かを混ぜ合わせることで、この作品が成り立ってるみたいな。まあ、それはどんな小説だってそうだよ、とか言われたらそれまでなんだけど、なんかそういうのとは違うレベルでそう感じる。


あー、しかしホント久々に、こんな抽象的な感想書いてるなぁ。こういうの嫌いじゃないけど、読んでる人的にはなんのこっちゃわからんのだろうなぁ、きっと。


あんまり意味がないことを承知の上で、ストーリーとか展開とかキャラクターとかについて書いてみようかな。


「桐島~」は、ストーリーのあるなしで言えば、ない小説だったと思う。ストーリー自体に意味がある小説ではなくて、人物を立ち上らせることそのものに主眼があるような、そんな小説だった。もちろん、本書にもそういう部分はちゃんとある。でも本書はそれだけじゃない。ストーリーも本当にいい。


本書は、僕が冒頭で内容紹介をした際に書いた順番通りで、六人の兄弟それぞれの章が描かれる。兄弟はそれぞれ個別の問題を抱えていて、まずそのそれぞれがいい。しかもその個別の問題が、少しずつ父親と関わり合っていく。兄弟それぞれが、父親の不在に対して考えたり感じたりする部分があって、それが彼らの中で様々に熟成されて、それぞれの問題へと昇華されていく。


個人的に一番好きだったのは、真歩の話かなぁ。真歩がどうしてあんまり笑わない子どもになったのか、っていう理由は、凄くいい。「桐島~」の時も感じたことなんだけど、朝井リョウは、年齢も性別も、あらゆる人物を見事に書き分ける。真歩の抱えている問題は、小学生らしさを残しつつ、小学生らしくない真歩らしいという、本当に絶妙なラインで、凄くよかったと思う。


でもやっぱ、小春の話もよかったし、るりの話もよかった。特にこの二人の描き分けはよかったなぁ。朝井リョウは、女性の視点からものを見るというのも本当に巧い。女性が読んだらどう感じるか分からないけど、少なくとも男の僕からすれば、そうそう女子ってそういう男が全然見てないとこ見るよなー、みたいな部分が凄く多くて、凄くいい。これはホント、女性の意見を聞いてみたいよなぁ。朝井リョウが描く女性視点は、女性的にどうなのか。

そして、それら個別の話の積み重ねとして、最後の展開がある。これがまたいい。それまでの物語が、本当に巧いこと繋がっていく。「桐島~」で圧倒的な描写力を見せつけた著者だけど、ストーリーもここまで巧く描けるようになったってのはホントにびっくりです。凄いな。


人物は、もう全員いいとしか言いようがない。やっぱ、朝井リョウが描く人物って好きすぎるなぁ。そういうふうに切り取るんだ、って思うような場面が本当に多くて、ワクワクするし惹かれてしまう。


って色々書いてみるけど、やっぱこういうこと書いてもなー、とか思っちゃうなぁ。ホント罪深い作品だわ。


最後に、僕なりに凄く惹かれた文章を二つ抜き出して終わりにします。この二つはホント一例だけど、比喩や単語の使い方とか、雰囲気の立ち昇らせ方とかが本当に好きです。

『海というものを背景にすると、人間は急に脇役になる。どこからどうシャッターを切っても、それは海の写真になるのだ。』

『向かい風が強い。一瞬、前に進もうとする力と追い風がぶつかりあって、ゼロの中にいるような感触がした。』


特に後者の『ゼロの中にいるような感触がした』って表現は、僕の中で本作中トップです。素晴らしいよ、ホントに。


ちょっとべた褒めですけど、べた褒めしたくなる作品です。この作家、やっぱちょっとスゴすぎると思う。今この若さでこれだけ書けるんだから、ホントこれからが楽しみで仕方ない。どこまで行くんだろう。ホントに読んでほしい一冊です。


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