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【本】エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則」感想・レビュー・解説

内容に入ろうと思います。


本書は、なかなか刺激的な、科学的な「新理論」が扱われた作品です。扱われている理論は、「コンストラクタル法則」と呼ばれるもので、著者のエイドリアン・べジャン氏が提唱しているものです。


エイドリアン・べジャン氏はもともと、熱工学の世界的権威である。熱工学分野のノーベル賞を呼ばれている二つの賞を受賞しており(この二つを共に受賞している研究者はとても少ないようだ)、世界的に知られている研究者である。そんな著者がコンストラクタル法則を思いついたのは、あるノーベル賞受賞者の熱力学に関する講演を聞き、それが誤りであると直感したがきっかけだと冒頭で書いている。


さて、ではコンストラクタル法則とは何か。冒頭で、こんな風に定義されている。

『有限大の流動系が時の流れの中で存続する(生きる)ためには、その系の配置は、中を通過する流れを良くするように進化しなくてはならない』

このままでは、何を言っているのかさっぱりわからないでしょう。もう少し、コンストラクタル法則について書かれている文章を引用してみます。

『デザインの生成と進化は、肉眼で見える物理現象で、自然に生じ、そこを通る流れをしだいに良くする。この原理は、あらゆる尺度で成り立つから素晴らしい。ここの細流や樹木、道路など、進化をしている流動系の中で、各構成要素も進化を続けるデザインを獲得し、流れを促進するのだ』

『コンストラクタル法則は、すべての流動系はその中を通る流れのために、しだいに良いデザインを生み出す傾向があるから進化が起こることを予測する。そして、「より良い」の意味を一点の曖昧さもない物理学の言葉で表現する。すなわち、より速く、より容易な運動を促進する変化だ』

さて、先に書いておくと、僕はこのコンストラクタル法則について、ちゃんと理解できているわけではない。本書は、なかなか難しい作品だ。僕は、自分が理解できる範囲で本書を読んだ。なのでこの感想でも、自分が理解できた(と思っている)ことしか書けない。恐らく僕がここで書くことは、不完全だったり、時には誤りがあったりするだろう。でも、大雑把な雰囲気ぐらいは伝えられるのではないかと思う。僕の文章を読んで気になった方は、是非本書を読んで欲しい。


それともう一つ、このことを書いておく必要があるだろう。本書ではそうとは書かれていないが、恐らく本書で扱われているコンストラクタル法則は、まだ科学の主流ではないはずだ。エイドリアン・べジャンが提唱している一理論であって、科学的に承認された理論かどうかというのは、本書を読んだだけでは判断できない。

ただ、非常に斬新で、さらにあらゆる領域(それは科学だけに限らない)にまたがっているために、様々な反発や異論が出るだろうと予想される。そういう意味でこのコンストラクタル法則は、まだまだ生まれたてであり、これから様々な知見が積み重なってよりシェイプアップしていくことだろう。そのことも、押さえておいた方がいいだろう。


さて、コンストラクタル法則についての話に戻る。


本書では、「地球上に存在するモノやシステム」はすべてコンストラクタル法則の影響下にある、と捉えている。つまり、「地球上に存在するモノやシステム」を「有限大の流動系」を捉えているということだ。「地球上に存在するモノやシステム」には、「樹木」や「河川」、「雷」や「雪の結晶」、あるいは「定住地の移り変わり」や「教育の偏り」など、ありとあらゆるものが含まれる。コンストラクタル法則が対象とする領域は、ありとあらゆる分野に及ぶ。

『このようにすべてを統一するかたちでの定義が可能になったのは、大きな進歩だ。なぜなら、それは生命の概念を生物学という専門領域から切り離すからだ。』

『生命は動きであり、この動きのデザインをたえず変形させることだ。生きているとはすなわち、流れ続けること、形を変え続けることなのだ。系は流動と変形をやめれば死ぬ』


『そして、この法則の観点に立つと、地球の生命が三十五億年ほど前に原始的な種の発生から始まったという味方も変わる。これから見ていくように、「生命」の始まりはそれよりはるかに古く、太陽熱の流れや風の流れといった最初の無生物の系が、進化を続けるデザインを獲得したときだ』

『コンストラクタル法則は、私たちの進化の理解の仕方を他のかたちでも一変させる。動物が海と陸と空を埋め尽くしたのは必然のことだったのだろうか。答えはイエスだ。流れの良さへ向かう進化は、流動系がより大きな平面領域と立体領域に行き渡り、それを混ぜ合わせ、撹拌することを意味するからだ』

著者は、コンストラクタル法則を中心に、生物と無生物を同じ軸で扱う。これは、「自然」だけではなく、「人工物」も含む。著者は、鳥の進化と飛行機の進化を、同じコンストラクタル法則から導く。人間が作った「人工物」であっても、コンストラクタル法則の呪縛からは逃れることが出来ない、というのが著者の主張だ。


まず一点、これがコンストラクタル法則の凄い点だと思う。これまで科学は、あらゆる領域を細かく細かく細分化することで進歩してきた。それぞれの細かな領域に専門家がおり、それぞれの専門家は、その領域について詳しいが、隣り合った他の領域については何も知らない、などということも多い。しかしコンストラクタル法則は、あらゆる細分化を無効にする。地球上に存在するありとあらゆるものを「有限大の流動系」と捉えることで、様々なものにシンプルな理由を与えることが出来る。


コンストラクタル法則の凄い点はまだある。それは、予測が可能な点だ。科学法則にとって、予測が出来るというのは一つ大きな条件ではあるが、しかしあらゆる分野において、予測可能な理論があるわけではないだろう。コンストラクタル法則は、「現象を説明するため」に存在するのではなく、「そうでなければならないという原理を与えるもの」だという。

本書で描かれている予測で一番興味深いのは、北京オリンピックでウサイン・ボルトが金メダルを取ることを予測したこと、だろうか(恐らく論文中で、ウサイン・ボルトという個人名を表記したわけではないだろうが)。

コンストラクタル法則は、「あらゆる分野に適応出来る」「予測が可能」という二点が、非常に強いと僕は感じた。予測が可能な理論は多々あるだろうが、しかしそれは非常に狭い範囲にしか適応出来ない。あらゆる分野に適応出来る理論もそれなりにはあるだろうが、しかし予測が可能な理論はほとんどないだろう。この二点において、コンストラクタル法則は非常に特異な原理なのではないかと僕は感じた。


コンストラクタル法則がどう言ったものなのか、それを詳しく説明することは僕には出来そうにない。いくつか関わりのありそうな文章を引用してお茶を濁そう。

『(あらゆる流動系は)有効エネルギーの単位当たりで移動できる距離がなるべく大きくなるように進化してきた』

『より良い流れへと続く道は、不完全性のそれぞれの要素を、他の要素とどう均衡させるかにかかっている。系の全構成要素が協力し、いっしょになって働き、時とともにしだいに不完全性が減るような全体を生み出す』

『すべてのデザインにおいて、流れは隙間を通って比較的短い距離を低速で進み、流路を通って長い距離を高速で進む』

『そのカギを握るデザイン原理は、高速での遠距離の移動にかかる時間と低速での近距離の移動にかかる時間をほぼ等しくすべきであるというものだ』

僕がどう理解したのかを多少書いておこう。とにかく、地球上に存在するものを「流動系」と捉えた時に、まず大事なことは「そこに何が流れるのか」だ。河川であれば「水」であり、血管であれば「血」である。そしてその「流れるもの」が、流動系の中を「どう通り抜けるのか」を考える。その時に、「有効エネルギーの単位当たりで移動できる距離がなるべく大きくなる方法」というのが存在し、それが実現できるようなデザインを獲得できるようにその流動系は進化していく。そして、「有効エネルギーの単位当たりで移動できる距離がなるべく大きくなる方法」は、「高速での遠距離の移動にかかる時間と低速での近距離の移動にかかる時間をほぼ等しくすべき」という原理に支配されている、という感じだ。

この説明で、非常に大雑把だけど、コンストラクタル法則について説明できているはずだと僕は思う。


ここからは、個別の話で非常に興味深かったものをいくつか取り上げよう。
まずは、「樹木」の話。これは非常に面白い。何故ならコンストラクタル法則は、「何故木が存在するのか」という点を説明しようとするのだ。


木は何故存在するのか。

『樹木と森林が現れて存続するのは大地から大気への水の迅速な移動を促進するためである』

これを著者は、

『木も草も、湿気の少ない空気が大地から水分を吸い取るために使うストローのようなものだ』

と表現する。


これまでの生物学などでの説明では、「何故木が存在するのか」という部分への説明は難しかった。何故か存在する木という存在について、「それがどのように存在しているのか」を説明するのが精一杯だ。しかし、予測が可能であり、かつ原理として作用するコンストラクタル法則は、「木が何故存在するのか」を明らかにする。


それは、木に限らない。

『河川も稲妻も樹木も動物も、自らの中や自らに沿って流動する流れを処理するために現れるデザインだ。それらは自らのために存在するのではなく、地球規模の流動のために存在している』

さて、次はスポーツの話。先ほど、ウサイン・ボルトの話を出したが、コンストラクタル法則は、「身体が大きく重いものが速い」という法則を導き出す。これは、陸上を走るものも、空を飛ぶものも、水中を泳ぐものもみな同じであり、この法則からは逃れられない。実際にスポーツの世界記録は、「身体が大きく重い者」によって更新され続けてきた。


さてここで、難しい問題がある。「なぜ、短距離走は黒人が強いのに、水泳は白人が強いのか」ということだ。走ることも泳ぐことも同じ法則に支配されているとするならば、何故このような明確な傾向が現れるのか。


本書ではこれも、コンストラクタル法則から導かれる理屈によって説明を与えてしまう。非常にシンプルな考え方で、納得感は高い。これも非常に面白い話だった。


最後に。黄金比の話。何故人間は、黄金比を「美しい」と感じるのか、という問題にも、コンストラクタル法則を使って答えを導き出そうとする。これまでは、何故人間が黄金比を「美しい」と感じるのかという説明はつけることが出来なかった。しかしコンストラクタル法則は、「目から脳への情報の移動」を考えることで、この問題に説明を与えている。これも、考え方としては非常に面白い。確かに、そのように考えるのは合理的かもしれない、と思わされる。


本書では他にも、「人間の定住地の変化」や「流通の発達」など、通常科学では扱わないような対象についてもコンストラクタル法則を当てはめて解析していく。そして最終的には、地球の歴史がどのように進行していったのかという過程を、コンストラクタル法則によって明らかにしようとするのだ。

冒頭でも書いたけど、このコンストラクタル法則は恐らく、まだ一般には承認されていない理論だろうと思う。アインシュタインが相対性理論を発表した時は、「これを理解できる人間は世界に三人しかいないだろう」と言われたらしい。それから徐々に研究され、あらたな知見が加わり、やがて一般常識となっていった。

コンストラクタル法則がその過程を辿るのかどうか、それは分からない。どこかで致命的な欠陥が見つかるかもしれないし、理論としては正しいが重要性が認められずに埋もれるかもしれない。理論の正しさや、コンストラクタル法則が今後どのように扱われるのか、それはまったく分からないが、個人的には、この理論は非常に面白いし可能性を秘めていると感じる。

物理学が目指す「万物理論」とは方向性が違うが、コンストラクタル法則は、地球環境を説明する「万物理論」となりうる可能性があると思う。本書の内容はなかなか高度で、正直きちんと理解しているとはいえないのだが、恐らくこれも、理論自体が過渡期であるせいだろう。

アインシュタインの相対性理論も、今では僕らのような人間でもある程度までは理解できるように説明が洗練され、理論が整理されている。コンストラクタル法則が認められ、その重要性が認知されれば、いずれもっと易しい形で世間に広まることだろう。そうなる未来が来ることを楽しみにしようと思います。是非読んでみてください。


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