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【本】坂口恭平「独立国家のつくりかた」感想・レビュー・解説

本書は、ホームレスの家は「生き方に合った家」という点で非常に面白いという着眼の元、ホームレスの0円ハウスを写真に撮ったものを卒業制作として作成。それをリトル・モアから出版し、また隅田川で出会った鈴木さんというホームレスとの話を中心に書いた「TOKYO 0円ハウス0円生活」で作家デビューし、絵を売ったり講演をしたりしながら収入を得、現在は熊本県に作った「新政府」において「初代内閣総理大臣」に就任。憲法が生存権を保障しているのに、金を稼がない人間が生きていけない世の中は憲法違反だと捉え、0円で生きていける環境(可能性)を提供しようという土台の元に様々な活動をしている著者による、今の世の中で生きていくための指南書とでも言うべき作品。


内容については後でウダウダ触れるけど、これは面白かったなぁ。やっぱり、自分の頭で考えている人は、凄く好きです。著者は、徹底して自分の頭で思考している。その過程が、本書でも描かれている。


僕は、「TOKYO 0円ハウス0円生活」を読んだ時、失礼だけどこの著者はホームレスの観察で一発当てた人なんだな、って思ってました。大学の卒業制作で作った奇抜なものがたまたま出版されてちょっと名前が売れて、それだけの人なんだろうなと思っていました。


でも、全然違いました。大学を卒業して社会に出る頃から、いやもっと言えば奨学生の頃からずっと、自分の頭で考え行動し、<常識>の圧力から抜けだしている人なのだろうなという感じがしました。


凄いなと思った言葉がある。

『あなたが「やりたいこと」など、社会には必要ない。今すぐ帰って家でやれ、と僕は言ってしまう。やりたいことをやって生きる?無人島か、ここは。芸術というのはそういうことを指すのではない』

『やりたいことほど無視して、自分がやらないと誰がやる、ということをやらないといけない。しかも、それは実はすべての人が持っているものだ』

これは凄いなと思いました。著者は、本書に書かれたことから判断すれば、確かにそういう風に行動している。自分の行動原理の根本に「お金」や「欲望」を置かない。これらを根本におくと、お金が手に入ると、欲望が満たされると、行動を止めてしまう。そうじゃない。自分がやらなければ誰もやる人間がいない、そういう使命感を伴ったことをやり続けることで、周りを巻き込み、少しずつ社会を変え、お金も得るけどそれに依存しない形で生きていく。凄いなと思いました。

前に、山本弘「詩羽のいる街」という小説を読んで、その主人公である詩羽は、人と人とを繋げることでお金ではない何かを得、それによって家もお金も持たずに生きていく、ということを実践している女の子でした。なんか、それにちょっと近いものを感じました。


実際に著者がやっていることは、著者がやり始めなければ誰もやらなかったかもしれません。革命のためでなく新政府を樹立するなんて、なかなか思いつかないでしょう。しかもその活動は、様々な人に感染し、人口も領土もどんどんと増えている。これが凄い。ただ勝手に新政府を立ち上げることだったら、思いつけば出来るかもしれない。でも、それに人を巻き込んで、どんどん広げていく。それは、なかなか出来ることじゃない。


本書では、著者が繰り返す概念として<レイヤー>というものがある。


レイヤーというのは「層」のことで、著者は、匿名のレイヤーに支配されるのではなくて、独自のレイヤーを発見しなくてはいけない、という。本書のメインの話は、そこにあるだろう。


冒頭で、隅田川に住む鈴木さんの話が出てくる。彼は、自分の人生を考えた時、「生きる」というのをこう捉えたという。

『十分な食事をし、楽しい友人と過ごし、毎日酒を飲み、歌いたい時に歌う』

逆に言えば、これが実現できさえすれば既存の価値観に沿う必要もないし、その生き方に合わせてすべての選択をすることが出来る。そうして鈴木さんは、ホームレスとしての自分の生き方を確立していったのだ。


これは非常に重要な発想だと思う。僕たちは、「生きる」ということを、根本的なものとして考えることが出来ない。それは、「お金」や「家」や「土地」などと言った概念について、<匿名のレイヤー>からしか見ていないからだ。


それは、「お金はなくては生きていけない」し、「家は買った方がいい」し、「土地は所有できるなら所有した方が嬉しい」というような、ごく一般にそう思われているような価値観のことだ。僕らは、この価値観に、自らの生き方の選択を「邪魔」されている。前提として、お金は稼がないといけないし、家は買わないといけないと思わされているのだ。


僕は、<考える>というのは、<常識に違和感を持つ>ことだと思っている。それは決して、<常識を否定する>ということではない。常識に違和感を持ち、考えに考えた結果、その常識を受け入れる。それは<考える>という営みだろう。でも、常識だから、という理由でその常識を受け入れる態度は、駄目じゃないかなと思う。


著者が言いたいことも、そういうことなんだろうと思う。<匿名のレイヤー>、つまり誰もがそうだと思っていて疑問にも感じないような事柄をそのまま受け入れるのはよくない。そうではなくて、そのレイヤーがどんな風に成り立っているのか解体してみる。どんな層があるのかを見極めて、それを少しずつ剥ぎとっていってみる。そうすると、違ったものが見えてくる。


先の鈴木さんは、こんな風な生き方なら満足できる、というものをまず定め、それに合わせて自らの環境を構築した。一方僕たちは、「お金」や「家」という概念に囚われすぎていて、『自分がどんな風に生きたら一番満足度が高いのか』という根本的な思考をしない。


本書で著者は、自分は家や土地を買うことの喜びをまったく理解できない、と書いているのだけど、僕もまったく同じだ。


もちろん僕だって、家が100万円ぐらいで買えるなら買うだろう。でも、35年のローンを組んでまで欲しいとは思わない。家にそれだけの価値があるとは、全然思えないのだ。


僕はまだまだ、<匿名のレイヤー>に強く影響を受けている。自分なりに、常識だとされていることに対して違和感を持つように意識してはいるのだけど、なかなか難しい。でも、実際に出来ているかどうかはともかくとして、そういう態度で生きていくということは、凄く大事なことではないかなと思う。


本書で著者は、<匿名のレイヤー>をなくすことは出来ない、と書いている。それは、会社が潰れなければ銀行が潰れないようなものだ、と書いている。政府がなくならないと原発がなくならないのと同じようなものだ、と。
だから、<匿名のレイヤー>をなくす方向に動いても仕方ないという。そうではなくて、独自のレイヤーを見つけること。そして、それだけでは駄目で、それを元に交易をすること。そうして社会を拡張していくことが大事なんだ、と書く。


今書いた部分とかもそうだけど、若干抽象的な部分もある。あるいは、多少我田引水かなと思う部分や、そこの論理はちょっと飛躍しすぎていないかな、というような部分もあるように見える。でもそれは、ある意味でパイオニアの宿命みたいなものなのかな、という気がする。

彼の行動は、彼の走っている道の上では現時点でトップランナーだろうし、これからもきっとそうだろう。だから、時代が彼に追いつくまでは、彼を判断する基準は明確にはない。彼は彼の判断によって突き進む。人を巻き込むために、自分の考えを外に出さなくてはいけないだろう。作中にも、『頭の中はよりカオスに、でもアウトプットはよりシンプルに』という言葉がある。でも、結局のところ、彼は自分の判断で突き進めばいい。だから、我田引水だろうが論理の飛躍だろうが抽象だろうが、そんなことは大した問題ではない。結果的に彼が行動をし、その結果社会が拡張すればいい。そういう意味で本書は、「彼が考えていることを読んでいる人に明確に伝える」という点ではちょっと駄目かもしれないけど、「著者の考えを感染させる」という点では非常に大きな力を持つな、という感じがします。


作中からいくつか、感染力の高いと思わせる文章を抜き出してみます。

『仕事というのは、かりにそういうお金がかからない生活ができたとして、それでもずっと続けていきたいと思うようなことをやるべきだ』

『必要とされること、それこそか生きのびるための技術なのだ』

『情報の服の脱がせ方、それがその人の態度である。』

『僕は別に自分の絵が50万円で売れたから嬉しいんじゃない。50万円と決めたレイヤーで仕事ができたことが嬉しい。』

『僕は断定する。わく断定する。それは違うとよく人は言う。いやいや、それが問題じゃないのだ。何を断定するのか、それがその人の責任なんだ。その断定が、思考なんだ。それが個人で生きることの責任何だ。』

そして、これが一番好きかな。

『大事なことは、何かに疑問を持ったかということだ。それがあれば生き延びられる。
今まで生きてきて一度も疑問を持ったことがなければ、今すぐ企業に走ったほうがいい。誰かに指示されていきていこう。そういう人は原発なんか気にしないでいいと思う。なも、何か「疑問」を持ったらチャンスだ。そこから「問い」にまで持っていく』

本書は、タイトルだけ見ると、個人で出来る新政府の作り方マニュアル、みたいな感じの内容な気がするけど、全然違う。それは、路上生活者の生き方を起点とし、様々なレイヤーが入り混じる社会の構造を観察し、そこから独自のレイヤーを見出し、自らの使命感に沿って行動するという、混沌とし先行きの不安定な現代社会を生きる僕達の新たな行動指針の一つと成りうるものを提示してくれている作品だと思いました。感染力の強い作品だと思います。是非読んでみてください。


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