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『あの時のわたしとまちとワタシタチ。'24』上演脚本

『あの時のわたしとまちとワタシタチ。'24』
Episode  揺れるワタシ 
Episode  海に行ったことがなかったいつかの話 
Episode 部屋 
Episode  気の抜けたジンジャエール 
Episode 覚えてる? 
Episode まちのほくろ 
Episode 私たちは歩く 
Episode 2億7400万歩 
Episode  逢 
Episode  揺れるワタシタチ 


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舞台の上にはなっちゃん。
まりこは本を持っている。
プロジェクターは白く光る。

まりこ みなさん、ゆるしてください。わたしはこの本をあの時のわたしにささげます。でもちゃんとしたわけがあるのです。あの時のわたしは、今のわたしのせかいでいちばんの友だちなんです。わたしはいまおとなになりつつあります。まだいいわけがほしいのなら、あのひともまえは子どもだったので、わたしは子どもにこの本をささげることにします。おとなはだれでも、もとは子どもですよね。(みんな、そのことをわすれますけど。)じゃあ、ささげるひとをこう書きなおしましょう。

プロジェクター: Episode 揺れるワタシ

Episode 揺れるワタシ
 

なっちゃん 朝が揺れていた、4月。
私も、揺れていた4月。
空はやけに白んでいて、カラスが鳴いていた。
昨日飲んだ麦焼酎が、身体からまだ抜けていない。

どこからか、声がする。気がする。
 
プロジェクター おはよう。
 
なっちゃん わからないことが多いよね、大人になるって。
プロジェクター おはよう。


なっちゃん  ねえ、誰かを好きになるって、なんだと思う?
誰かと、自分じゃない誰かと一緒になるって、なんだと思う?
 
プロジェクター おはよー。

なっちゃん ライクとらぶ?でもさ、ラブの中にも色々あるじゃん、あるじゃないですか。ドキドキするのとさ、安心?みたいな?家族の愛と、恋人の愛?みたいな?無性の愛?アガペー?

プロジェクター なっちゃーん?
プロジェクター え、ねえなっちゃーん。

なっちゃん  私、ちょっとわかんないんだよねー。
照明がつく。
プロジェクターが消える。


まりこ おセンチだね。
なっちゃん  まりこ。
まりこ  なっちゃんやっぱりこどもだね。
なっちゃん  えーじゃあまりこは大人なの?
まりこ  そりゃあ大人でしょうよ。
なっちゃん  私には「まりこ」って言う、歳の離れた友達がいて、
まりこ  それで?え、何かあったんでしょ。
なっちゃん  魔女の宅急便でいう、キキにとってのウルスラみたいな人がいて、
まりこ どしたの。
なっちゃん う、ううう。
まりこ  あら。
なっちゃん  ちょっとしか飲んでないもん。
まりこ  酔っ払いか。
なっちゃん  誰かを好きになるって何?特別って何??ねえ聞いて、今度また友達結婚するんだけど。なんか無駄に焦っちゃうんだけど。私ってなんだと思う??
まりこ  はいはい。
なっちゃん 冷たあい。
まりこ なっちゃん...青いね、若いね。
なっちゃん え?
まりこ やっぱりまだまだ子どもだね。
なっちゃん 子どもじゃないもん!
まりこ ぐずぐずしないの、大人でしょ?
なっちゃん や!
まりこ そういうとこだぞ?
なっちゃん ひどい。
まりこ そこで止まってるからわーってなるんでしょ?
なっちゃん いいじゃんそういう時があっても。
まりこ  なっちゃん、そういう時ほど進まなきゃ。
なっちゃん 厳しい。
まりこ どこでもいいんだよ、どこかに行ってみれば。
なっちゃん  どっか?
まりこ 外の世界も悪くないよ?
なっちゃん まりこはさ、どこが一番好きなの?
まりこ ん?
なっちゃん どこのまちが一番好きなの?ほら、色んなとこ行ってるじゃん。
まりこ んー、そうだな〜。
なっちゃん ...。
まりこ .....じゃあなっちゃんに宿題!
なっちゃん 宿題?
まりこ 私の好きなまちのこと教えてあげるから、
なっちゃんが好きなまちのことも教えてよ。
なっちゃん や、私はないよ。
まりこ じゃあ見つけてきて!
なっちゃん えー、だって今お金ないし。
まりこ じゃなきゃ教えない!
なっちゃん ねえまりこ!

鼓動が鳴るような、音楽。

まりこ  そうと決まれば!
なっちゃん  え!
まりこ  思い立ったが吉日!
なっちゃん  待って!
まりこ  だってほら、音楽が鳴ってるでしょう?
なっちゃん  なんで!
まりこ  旅の門出には音楽がないと!物語の始まりには音楽はつきものでしょう?
魔女の宅急便のラジオみたいにさ!
なっちゃん ちょっとまりこ!
なっちゃん、まりこは互いに腕を引き合い、交差する。

なっちゃん  これは、いつかの話。
まりこ  揺れた5月。
彼女  熟(な)る話。
なっちゃん  まちの話。
るい  朝が来て。
まりこ  夜が眠って。
なっちゃん  愛を知って。
るい  愛を離して。
彼女  繋いだ
まりこ  私は
るい  私たちは
なっちゃん  揺れていた。

なっちゃん  あの時のわたしとまちとワタシタチ。
………行ってきまーす。

まりこ いってらっしゃい。

プロジェクター:海に行ったことがなかったいつかの話
彼女、いすに座っている。

Episode 海に行ったことがなかったいつかの話
 
プロジェクターに映し出されたのは、バスの風景。

彼女  揺れる4月。
ここ..は、バスの中、なんですけど。私は海を...海を目指して、もう一度、歩いていた。

電話をしている。
プロジェクターは消える。
照明は明るくなる。

るい もう一度?
彼女 うん、もう一度。私は生まれた時から海なし県に住んでいたから、海に対して強い...憧れ?あって。これ、岐阜県民の特権だって思うんですよ。海のない県に暮らす、私たちの特権。
るい そうか?  
彼女  って、話していたのは、部活が一緒だったるいたん。
…で、そう。私、海に行ったことがなかったんだけど。
るい もう行っとるやん。
彼女 うん。
るい 行ったんだ?
彼女 うん。行っちゃった。
るい ふーん。
彼女 大したことなかったよ海。行ってみたけど、全然大したことなかった。
るい 海って実際きったねえしな。
彼女 そう、だからこの海への強い憧れ?強いては、私の岐阜県民の特権が揺らいじゃってる?わけなんですよ。
るい 海どこもまじきったねえよな。
彼女 ちょっとロマンなさすぎなんだけど!
るい ほんとやろだって。
彼女 それは、、そうだけど、、。
るい まあ行きたいなら行きゃいいやん。
彼女 そうなんだけどさ、や、だから今、歩いてるんだけどさ。海、向かってるんだけどさ。
るい うん。

しばしの沈黙。
電話を止める。
照明が変わる。

彼女 ねえ、これっていつの4月だっけ?
プロジェクター シガツ?
彼女 これ、いつの話?
るい あの子(なっちゃん)が、大人になる前の、「なる」前の5月。
プロジェクター 5月。
彼女 なる?
るい なれるって言葉あるやん。
プロジェクターでいっぱいのなれるの文字。
彼女 どのなれる?。
プロジェクター 鮎のなれ寿司の、なれる。
彼女 ふーん。
プロジェクター 「なれる」って漢字めっちゃあるやんか。
彼女 そうなの?

プロジェクター
おたがいに なれるのは厭(いや)だな。
  親しさは どんなに深くなってもいいけれど

彼女 二十五歳の頃 わたしはそれを聞いた。
るい ...。

プロジェクター:白

彼女 ねえ、私が海に行った時の話、もう一度行った時の話、聞いてくれる?
るい 5月。

誰か プシュー...。

2人がドアのような見立てで動き、
なっちゃんが出てくる。

プロジェクターが消える。
照明が変わる。

なっちゃん  電車に揺られて降りたのは、小さな無人駅。
駅を降りて改札を出るとそこには、小さな商店街。

事務員のおばさん。
の横を少し申し訳なさそうに横切るなっちゃん。絶妙な緊張感。
 
誰か(こ)  おはようございますー。
なっちゃん  …..おはようございます。
誰か(こ) ………なんかね。
なっちゃん あっ…あ、いや。
誰か(こ)  天気悪なるらしいねえ、今日。
なっちゃん え、そうなんですか。何も持ってないや。
誰か(こ) 昔はねえ、屋根あったんやけどねえ。
なっちゃん ...へえー。


誰か(こ) もうあんま見たことないやろ、お嬢さんくらいの子やと、アーケード。
なっちゃん あー...確かに。や、でも見たことある、と、思います。

誰か(こ)  そうかね…。
なっちゃん あの。
誰か(こ) ん?
なっちゃん その、アーケードって、いつなくなったんですか。
誰か(こ) どんくらいやろうなあ。
なっちゃん ステンドグラス。
誰か(こ) え?
なっちゃん ステンドグラスとかって、なかったですか。
誰か(こ) …ああ、あったねえ。え?お嬢さんこの辺の子?
なっちゃん いや、そういうわけじゃないんですけど。見たことあるかもって。
誰か(こ) そう。

ひびの 私は、この世界を、地球を変えたい!小さな声を、大きく届けたい!ぜひよろしくお願いします!

再開発の建屋を見つける。

なっちゃん あれ、なんになるんですか?
誰か(こ) ああ、ようわからんけど、マンションかなんかやと。
なっちゃん はい。
誰か(こ) ようわからんね、私には。まあこの辺何にもなかったで。いいんかもしれんけどね。
なっちゃん はい。
誰か(こ) 何しにきたの、お嬢さんは。
なっちゃん あー。...一人旅的な?
誰か(こ) 変な子やねえ。まあ楽しんでって。
なっちゃん 行ってきます。

音。その音は、花火の音にも似ている。

なっちゃん  大きな音がしたのは5月。変わろうとしている、まちの音がする5月。いま聞こえているのは工事の音、で、このまちにはもうすぐ、大きなビルが建とうとしていた。

…え、花火?(こずえと被せる)

彼女 花火、みたいな音がしたのは6月。変わっていく、まちの音がした6月。聞こえているのは工事の音、で、私が住むまちからはもうすぐ、ショッピングセンターがなくなる、らしい。このまちにしては大きかったショッピングセンター。このまちからは、映画館も本屋も、レコード屋もなくなる。…..ありとあらゆることが、遠い。

照明が戻る。

彼女は椅子に座る。

彼女 あ、アイスコーヒー2つで。
るい  お前は今日は休みなんやっけ。
彼女  うん。るいたん何時出勤?
るい あと30分くらい。
彼女  お疲れ様です。
るい  あ、私さー。
彼女 うん。
るい  今の仕事の後どうしようかなーって思ってて。
彼女  ああ、本屋とかどうなんの?ああいうのって。大元のショッピングセンターなくなりますーってなってさ、中のお店とかって。
るい まだ私たちも聞かされてないんだけど、うちは移転とかはないみたい。
彼女  うん。
るい まあ別の店舗の方配属とかもありそうなんだけどさあ。
彼女  へー。
るい そこまでじゃなくてもいいかもなあとも思って。
彼女  うん。
るい  ……転職してみようかなあ。
彼女 …るいたんさ、なんで戻ってきたのこっち。
るい んー、まあ一人っ子だし。
彼女 ほお。
るい 無駄に土地もっとるでさあ、別によかったんやけど。色々踏まえてトータル的に。
彼女 ふーん。
るい お前はどうすんの。
彼女 んー、そうだなあ。
るい …。
彼女 適当に朝起きて、どっか行って、適当に帰って、美味しいご飯食べれればいいかな!
るい は?

照明が変わる。

Episode 部屋

なっちゃん 縦、380cm。横、300 cm。
誰か(ま) そこには
なっちゃん 私が生活してる部屋があって、一人で暮らしてる。
誰か(ま) 縦、580cm。横、450cm。
なっちゃん  そこには、お母さんが暮らしている、実家の部屋。
え、おかあさーん。ねえ、テレビつかんくなったんやけどー!

反応はない。

なっちゃん え、なにー??うんー。録画できとるよー!え、ちょっと今いいとこなんだけど!え、ねえおかあさーん!嵐、嵐出るよ!

なっちゃんはテレビを見ている。
話をするお母さんとの距離は、遠い。

なっちゃん おかあさーん。覚えてる?私が子どもの時。

誰か(こ) 覚えとるよそりゃあ。

なっちゃん じゃあ、お母さんが子どもだった時のこと、覚えてる?

誰か(ま) えー?覚えてないなあ。
なっちゃん そんなことないでしょ。
誰か(る) でも何にもなかったからなあ。
なっちゃん そうなの?
誰か(こ) うん、なーんにもなかったよ。
なっちゃん そうなんだー。

何気ない井戸端会議
誰か(ま) 昔はねえ、なんでもある気がしとったけどねえ。でもなーんもなかったんよねえ。
誰か(こ) どんどん新しくしてかなあかんで、ねえ。
なっちゃん  新しく?

Episode 気の抜けたジンジャエール

まりこ  だからね、ずっとあったものがなくなる時って、新しいものが入ってくるタイミングってお母さん言ってたよ?
彼女 いいこと言うじゃんお母さん。
まりこ  だからさあ、新しくなるんだって。
彼女  どう思うよ。私このまんまでいいかな。
まりこ 結局自分がどうしたいかだけで思うんだけどな。
彼女 それが難しいのよ。え、だって私もう25になっちゃうよ?
まりこ そうだね。
彼女 25だよ?このままでいい?
まりこ どうだろうね。でもさあ。
彼女 ん?
まりこ もうわかってそうだけどね。
彼女 …そう、かなあ?

彼女  揺れている5月。 大人になっていくということは、自分の選択の1つ1つが重くなっていくことだと思う5月。


彼女  いやー、今日はありがとう。
まりこ いえいえこちらこそ。
彼女 あ、もう出るんだっけ?
まりこ そうね、そろそろ。
彼女 行ってらっしゃい。
まりこ うん、ありがとう。
まりこ、部屋を出る。

まりこは自分で音楽をかける。踊り出す。

まりこは歩き出す。
足取りはだんだん跳ねているような、舞っているような動きに見える。


彼女 あれから、長ーい月日がたった、”今”、の5月。まりこは、元気かなあ。

なっちゃん  青春18切符を初めて買った、夏。いや、初夏?
18歳じゃなくても、使えたことを初めて知った24歳の初夏。外は、暑い。

誰か(る) この街とヒミツを作る。
誰か(こ) 青春18きっぷのさ、キャッチコピーエモいよね。
誰か(る) エモいで片付けんなし。エモいってなんだし。
誰か(こ) 見えてくる景色っていうか、匂いすら?あるよね。
誰か(る) イキんなし。
誰か(こ) えー。てか、明日って何時だっけ。
誰か(る)  8時!
誰か(こ)  じゃ、またねー。
誰か(る)  またねー。
なっちゃん  高校生たちが話していたのは、橋の上。ここは川の上で、私が住んでいるまちよりずっと大きな川。鳥が、飛んでいる。
まりこ、椅子の上に乗って少しおどる。

2人、まりこを見つめている。

誰か(る)  あれはトンビだねえ。

なっちゃん  え?
誰か(る)  あれトンビって言うんだよ。見たことない?
なっちゃん  あ、あんまり見たことないですね。
誰か(る)  あらそうなの。
少しの沈黙。
なっちゃん  あの、それ今何してるんですか?
誰か  釣りしてるの。
なっちゃん  釣り?
誰か  川魚をね。

少しの沈黙。
なっちゃん  もう一度言うけど、高校生たちが話していたのは、橋の上。
ここは川の上で、川よりずっと高いところに橋があって、
誰か(る)  釣りの極意はさあ、潮の流れを読むことなんだよ。
なっちゃん  あ、はあ。
誰か(る)  今、潮なら川と関係ないって思ったでしょ。
なっちゃん  え。
誰か(る)  いくら川といえど影響は受けるもんでさあ。
 遠くの海の満ち引きで結構変わるのよ。
なっちゃん  へ、へえー。
誰か(る)  あとは待つだけなのよ。
なっちゃん  結構待ってます?
誰か(る)  そうだねえ、あの高校生たちが「おはよう」って言うくらいからはいるねえ。
なっちゃん  え、え?え??
誰か(る)  寝坊の時もあるし、喧嘩もあるし、恋バナもするし。
なっちゃん  へ、へえー。
誰か(る)  ここはいろんなことがよく見える。
なっちゃん  はい。
誰か(る)  おい持てって。
なっちゃん  え、や、そんなそんな。
誰か(る)  おら。
なっちゃん、釣竿を渡される。
なっちゃん  えええ...。
誰か(る)  心でなくちゃ、よく見えない。もののなかみは、目では見えない、ってことだね。
なっちゃん  はあ。
なっちゃんは、何かを見ようとする。

彼女 これ、いつかの話なんだけど。
るい  いつか?
彼女  いつかの話なんだけど。
るい だからいつやって。
彼女 えー、じゃあ、私が高校生だった時の話!
るい ああ。
彼女  だから私たちは今まだ高校生だとして、だからこの「いつか」っていうのは、遠い先の話で。 でもこの遠い先からみた今も、いつかの話っていう、 話。
るい  なんそれ。
彼女  だから、例えば私たちも高校を卒業して、ここから離れて大学にも行って。多少大人にも騙されながら、大人になった気がする時もあって、でも「流石にもうこどもじゃないか」って諦める日もいつか来るかもしれなくて。…そう、だからこれはいつかの話なんだけど。(橋に頬杖をつく)


彼女  ...あれ? これって、いつの話?
るい  いつやろうね。
彼女  ...ねえ、
るい 何?
彼女 私たちはさあ、遠い先から見た、今日が来るってわかってたかな。
るい 知るか。じゃ、8時ね。
彼女  うん、じゃ、またねー。
るい  んー。

なっちゃんの釣竿が動く。

なっちゃん  えっ、え?あっ。どうしよう。え?あ、えええ。
釣竿をあげた勢いで、尻餅をつくなっちゃん。

まりこが踊っている。

まりこ  私、春の午後が好きだし、夏の深夜が好きだし、秋の夕暮れが好きだし、冬の早朝が好き。

なっちゃん  まりこは、いつも踊っているように見えた。

まりこ  離ればなれになった、あの季節たちのことを見つめる初夏。
なっちゃん まりこと会ったのは、2年前の大学生の時。
まりこ 今の延長線にある100年先も、私はきっと、踊っているの。
なっちゃん  そう、…大人になるというのは、すれっからしになることだと思い込んでいた少女の 頃。立ち居振る舞いの美しい、発音の正確な素敵な女のひとと会いました。
 
まりこ  茨木のり子?
なっちゃん  えっ。
まりこ  茨木のり子でしょ、それ。
なっちゃん  わかる?!
まりこ  そりゃあわかるよ、好きだもん。
なっちゃん  いいよね。
まりこ 「この手が完全に動きを止めたときふと握ってくれるのは他人かもしれない。」
なっちゃん ……手?
まりこ そう、手。
まりこの手の軌跡をなっちゃんは追ってみる。
2人の動きはだんだん重なっていくように見える。
まりこ なんで好きなの?
なっちゃん 私、田舎だったんで、生まれた時には本屋さんなくって。だから、お母さんがよく出張のついでに買ってきてくれてたんだよね、本。でも私、文字を読むのがあんまり上手じゃなくて、だから、よく詩をね、買ってきてくれてたんだよね。
まりこ 素敵ね。
なっちゃん ありがと。

二人は互いを探りながらたどる。
まりこはだんだん離れていく。
なっちゃんは、まりこが通ったはずの軌跡を辿る。

なっちゃん まりこはさ、どんな子どもだったの?
まりこ えー、どうだったかな。
なっちゃん 覚えてないもんなの?
まりこ そうだねえ。
なっちゃん どんな人になりたかった?
まりこ えー?え、なっちゃんは。
なっちゃん えー?...すごい人!
まりこ 大きいな。
なっちゃん じゃあ、ミケランジェロ!
まりこ ミケランジェロ?
なっちゃん 作品完成させなくても許してもらえるミケランジェロになりたい!
まりこ 何それー。
なっちゃん ほら、私言ったよ!
まりこ えー...。でもー、私もなりたかったよ?すごい人。
なっちゃん そうなの??
まりこ  誰かにすごい憧れたりとか、私はなかったからなー。
なっちゃん そうなんだ。
まりこ だから、そういうなっちゃんみたいな感じも、素敵なことだと思うけどな。
なっちゃん ミケランジェロ?
まりこ うんそれはわかんないけど。

なっちゃん あの時も、いや今もきっとまりこは、まりこは凛としていて。私の背のびを見すかしたように、なにげない話をしてた。綺麗な姿勢、指先、発声。私は、まりこみたいになりたかったのかもしれない。...24歳の私は...ながーーい、この路地を、道を、歩くぐらいしかできない。

誰か おはようございます。これからご出勤の皆様、頑張ってください。。おはようございます。少子高齢化、増税 。不安な毎日を送っているかと思います。その、皆様の声を、ぜひお聞かせください。おはようございます。いってらっしゃいませ。いってらっしゃいませ。

なっちゃんは演説の横を通り過ぎる。

Episode 覚えてる?

彼女 ねえ、覚えてる?あそこで『タイタニック』見たの。
え、覚えてないの?あんなに泣いてたじゃん。や、私も泣いたけどさ。
初めて見た映画じゃん。その後も『ウェストサイドストーリー』見たり、
あ、あと『ティファニーで朝食を』も見たし。

そうそう、そのあと喫茶店も行ったりとかね。
あそこのお母さん、もうやめちゃったんだって。

相手からの反応はない。

…….まあ、気にする話でもないか。

期待を残した声。でも相手からの反応はない。

るい んなもんお前が悪いだろ。
彼女 るいたん〜〜!
るい そんなこと聞いたお前が悪いって、バカじゃねえの。
彼女 ねえ火炎放射がすぎるよ〜!だって、だってえ〜〜!だって向こうがさあ〜。

るい だってじゃねえうるせえ!
彼女 だって、だって、覚えててほしいじゃん。
あそこに何があったのかとか、誰が生きてたのかとか、
自分たちが何をしたのかとかさあ!
るい だから聞くなってそういうの。
彼女 だって、だって、私だけが覚えてるのって私が可哀想じゃん。
なんか、私だけってさあ。不公平じゃん?だからさ?おあいこ的な感じでさ?
るい ばーかばーか。
彼女 ねえ友達でしょー?
るい 知るか。
彼女 るいたんは覚えていくの?
るい あ?
彼女 るいたんはさ、覚えてる?
るい 必要なかったら忘れる。
彼女 …ふん。

彼女 まちの「跡」が、私たちの「跡」が消えていく気がする。
地図にも残らないあの景色は、空気にでもなるのかな。

彼女は「すー」っと息を吐く。

Episode まちのほくろ

誰か(る) いらっしゃい。

なっちゃん 寂れた喫茶店。

誰か(る) いらっしゃい。
なっちゃん あ、アイスのコーヒー1つ。
誰か(る) お砂糖とミルクは?
なっちゃん あ、あー。
誰か(る) つけとくでね。
なっちゃん あ、はい。ありがとうございます。
誰か(る) 別に無理せんでいいから。
なっちゃん あ、いやそういうわけじゃないんですけど。
誰か(る) ちょっと待っとってね。
なっちゃん はい。

なっちゃんは地図を見つけて、見つめている。

誰か(る) ああ、それ昔の地図やわ。
なっちゃん へー。
誰か(る) 30年くらい前かな。今と全然違うでしょ。
なっちゃん そうなんですね、私あんまりこの辺わかんなくて。
誰か(る) そうかね。

なっちゃん 「貿易風」、「吉日屋」、「そとや」、「ルビーの瞳」。
私の知らないたくさんのお店が並んでる。なんのお店なんだろう。私は知らない。
…あ、ほくろだ。このまちの、この時の、ほくろ。ここが頭で、鼻で、肩。いや、眉毛かな。

なっちゃんは地図をたどるようにまちを歩き始める。

なっちゃん お蕎麦屋さんでしょ、寿司屋でしょ。...あれはデニムのズボン。

まちの景色とすれ違う。

Episode 私たちは歩く

まちの音に焦点が当たる
→だんだん会話として成立していく。
あいかけて、合わない

おばあちゃんのシーンは1人だけ聞こえる
相手の音は違う

誰か(ま) もしもーし
誰か(こ) え、で明日何時だっけ?
誰か(る) おはようさん、今日はあったかいね
誰か(ま) うん、今ね、スーパー向かってるとこ。
誰か(る) 8時半。
誰か(ま) そうやねえ、もう夏やねえ
誰か(こ) 起きれるかなあ。
誰か(ま) 卵はあったよね
誰か(る) 工事の音うるさいねえ
誰か(こ) 起こしてよお。
誰か(る) 自分で起きろ。
誰か(ま) ほうれん草ね、わかった。
誰か(こ) 8時半ね、ね!
誰か(る) はいはい、じゃあね。
誰か(こ) またね!
誰か(る) そうやわあ、
誰か(ま) でもまあこの辺も人全然おらんでね。
誰か(る) そうや、ここだけでも田中さんと松井さんと金子さんやろ。
誰か(こ)  ねえ、映画行こうよ。
誰か(る) ほんでここ3軒空き家やろ。
誰か(ま) おー、なんか見たいのあるの?

誰か(ぴ) まもなく、終点です。お忘れ物のないよう、ご支度ください。

プシュー。

Episode 2億7400万歩

彼女 思い出していた。初めて海に行った日のこと。電車に乗って、初めての駅に降り立った。この、うねったこの道を歩いた。
そう、駅を降りるとすぐに坂があって、峠を超えて。
うん、そういえばそうだった。こんな感じだった。

波の音。

彼女 波が、私の足に被さって、去って。波の感触があるのに私は、感動しなかった。海に行ったことがなかったあの頃に、戻れない。私たちは、なれていくから。
ここまでの道すがら、辿ってきたのはいつかの私。
海に行ったことがなかった、私たちの話。
知らなかったあの頃に、もう、戻ることはできないから。

目の前に誰かが立っている。
音楽。

彼女 …あのね、初めてあなたと会った時の私はね、
女の子だった。
小さな映画館で、隣で静かに泣いていたあなたの音を、
聞いてたの。面白いことが始まるかもって思った。

誰か …

彼女 しばらくして一緒に行った本屋で、ブックカバー、あなたはいらないと言った。
え?本が傷ついちゃうじゃない。「そのままがいいんだって。」って、本の帯をしおりにするのは、あなたくらいだった。あなたは本の帯を栞にする人だった。その時の私は、一番可愛かった、気がしてるの。

誰か …

彼女 好きな詩人が亡くなったニュースを一緒に聞いた夜、なんとなく喪に服した。
あなたは普段通りコーヒーを飲んでいた。私は何をしていたのか、あなたはきっと覚えていない。...でしょう?

誰か …

彼女 今の私はね、もう一度海に来てるの。あったかくなったねえ。あんなに寒かったのにね。

誰か …

彼女 今から、10年たった私はね、あなたがいない知らないまちで、あなたが知らない誰かと一緒になってるの。..あ、ありがとう。うん。.....幸せだよ?私はね、小さな手を握って、あったかもしれないまちの駅に、商店街に、映画館に行くの。
…きっと、何もかもが違うけど。
あなたが教えてくれた詩を、あの頃の私も、これからの私も覚えてるの。

どこからか、声がする。

なっちゃん おかあさーん。覚えてる?私が子どもの時。

彼女 覚えとるよそりゃあ。

なっちゃん じゃあ、お母さんが子どもだった時のこと、覚えてる?

彼女 えー?覚えてないなあ。
なっちゃん そんなことないでしょ。
彼女 でも何にもなかったからなあ。
なっちゃん そうなの?
彼女 うん、なーんにもなかったよ。
なっちゃん そうなんだー。

誰か …
彼女 …遠くまで、歩いてきちゃったね。

誰か …


彼女 ...あの頃の私はね、きっと今もあなたが好き。…ばいばい。

なっちゃんは2人の様子をみている。ここは、映画館。

なっちゃん 古い、映画館。で、見ていたのは恋愛映画。スクリーンの向こう側、お互いに慣れて、すれ違っていく男と女を見て、私は、なぜだか、、涙が止まらなくて、、、(ぐずぐずしている)
誰か .....あ、え。大丈夫ですか。

誰かは、何かを涙を拭くものを差し出そうとしてみるが。

なっちゃん なんかぁ、、、この幸せが一生続けばいいのになって思ったんです。
誰か …。

なっちゃん なんか、これが私の恋愛だったらこのシーンを思い出して一生、幾つになってもこのシーンを思い出して泣きそうになるんだろうなって。これが過去になるの嫌だなって。

誰か(る) 何事も、いつかは過去になるものだよ。
なっちゃん わかってるよそんなこと。
誰か(る) でも続いていくこともあるよ。...この映画館みたいにさ。
なっちゃん え?
誰か(る) ここ閉館したんだけど、何年か前に違う人がまたやり始めてさ。
なっちゃん はい。
誰か(る) そりゃあ昔みたいにはいかないもんだけどねえ。
なっちゃん ...。
誰か(る) 日常が続くように、過去も続いていくもんだよ。あ、いらっしゃいませー。
なっちゃん わかんないよそんなの。
るい  はい、お次のお客様どうぞー。ブックカバーおつけしますか。かしこまりましたー。

Episode 逢
 
誰か(る)  いらっしゃいませー。こちら1点で、1,130円になります。
はい、ちょうど頂戴します。ありがとうございましたー。お次のお客さまどうぞー。

誰かとなっちゃんが同じタイミングで列になる。

なっちゃん あ、すみません。
誰か あ、いやどうぞ。
なっちゃん あ、ありがとうございます。

2人はレジを待っている。

誰か  茨木のりこですか。
なっちゃん あ、ああ、はい。
誰か  いいすよね。
なっちゃん  わかります?
誰か 「寄りかからず」とか。
なっちゃん  小さい時にはあんまりよくわからなかったんですけど。
大きくなると、良さに気づくっていうか、

レジが開く。

なっちゃん あ。(軽く挨拶)

誰か(る) はいこちら一点ですね。
なっちゃん あ、ペイペイで。
誰か(る) はい。ありがとうございましたー。

本屋の窓からまちを見下ろすなっちゃん。

なっちゃん 私が初めて泣いたあの日から、初めて歩き出したあの日から、...このまちも、きっと変わった。この、このまちにしては高いビルから、あの人たちが生きた灯りを、見下ろしていた。
...何にもないこと、なかったよ。

なっちゃん、 振り向くとまりこ。
なっちゃん  あ、まりこ。
まりこ  どうだった?
なっちゃん いっぱい歩いたよ。
まりこ うん。
なっちゃん いっぱい辿ったよ。
まりこ うん。
なっちゃん 産道をね、いっぱい歩いてきた気がするの。
まりこ  じゃあもう生まれるの?
なっちゃん  産まれちゃうかも!
まりこ  音楽でもかけようか!
なっちゃん  いいね!あ、あのさ。

鼓動が鳴るような音楽。

まりこ え?
なっちゃん まりこ、次はどこにいくの?どんなまちに行くの?
まりこ そうだね。ん〜。
なっちゃん …。
まりこ あたたかいところに行こうかな。
なっちゃん …まりこ、行ってらっしゃい!
まりこ ありがと!
 
なっちゃん  これはいつかの話。
まりこ  揺れた8月。
彼女  熟れる話。
なっちゃん  まちの話。
るい  朝が来て。
まりこ  夜が眠って。
なっちゃん  愛を知って。
るい  愛を離して。
彼女  繋がれた
まりこ  私は
るい  私たちは
なっちゃん  揺れていた。

Episode 揺れるワタシタチ

どこからか、声がする。気がする。

なっちゃん  憧れと好きって、やっぱり違いますか。

プロジェクター おはよ。

なっちゃん  やっぱり違うかな。

誰か  なっちゃーん?

なっちゃん  違うかもしれないし、違わないかもしれないですね。

誰か  なっちゃん起きて〜。
なっちゃん  朝は揺れていた、8月。
空はやけに白んでいて、カラスが鳴いていた。
曖昧だった私がたどり着いたのは、いつかの町、8月。
昨日飲んだ麦焼酎は、もう、抜けたみたい。
 
なっちゃんは大きく息を吸う。

なっちゃん はーい!


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