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都会の男|みくりや佐代子

 「なんで?」とその人は鼻で笑った。公共施設とオフィスビルが雑多に混ざっているのを窓から見て、私が「この街好きですよ」と言ったから。

「とびヶ丘のどこがいいの?俺、この街大っ嫌い」

 初対面だった。このへんで働いていると言った。何度かやりとりして優しそうな印象だったから、会ってみることにした。

「マッチングアプリよくするんですか?」
「うん、よくするよ」
「私したことないんです。今回が初めて」
「あー。きみ、北の方の出身って言ってたもんね。こっちだと普通だよ」

なるほどね。今日、こんな感じなのか。会って五分で憂鬱になった。いつの間にか今日の私の扱いは「田舎者の女」に決まっていたようだ。

 体を傾げて手を下に伸ばし、足元に置いた安くて薄いレザーのリュックの背を立たせる。何度そうやっても結局くたっと横に倒れてしまうので、もういいやと諦めてそのままにすることにした。



 二年前、就職と同時に故郷を飛び出した。繁華街にある大きな時計台を電車の中で目にした時、「都会だ」と圧倒された。それはテレビでしか見たことのない、この都市のシンボルだった。

 母親に連れられて行った不動産屋。笑顔がデフォルトみたいな胡散臭いおじさんに「とびヶ丘はいかがですか」と勧められ、あれよあれよという間に住むことになった。同じ家賃を出せば他の街ならもっと広い部屋に住めるというのも知らなかったし、そもそも内見も一か所しかしなかった。だから私はこの街が好き……というよりは、この街しか、知らない。

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