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証明を提示する危うさ

※文化時報2021年11月22日号掲載の社説です。

 新型コロナウイルスワクチンの接種証明や検査の陰性証明を提示する「ワクチン・検査パッケージ」の活用を、政府が検討している。国民にワクチン接種を促し、社会経済活動を推進するための施策だが、宗教を大切にする私たちは、科学と経済の観点だけで構築された仕組みが本当に妥当かどうかを注視する必要があるだろう。

 ワクチン・検査パッケージは、すでにプロ野球やサッカーの試合、音楽ライブや遊園地などで技術実証が進んでいる。これによって政府は緊急事態宣言下でも、大規模イベントの参加人数の上限をなくす方針で、会食の人数制限も撤廃するという。

 だが、多くの医療従事者が指摘するように、ワクチンも陰性証明も万能ではない。ワクチン接種後の「ブレイクスルー感染」や、本当は陽性なのに検査で陰性と判定される「偽陰性」などは、一定の割合で起こり得る。

 オランダでは、12歳以上のワクチン接種率が8割を超えているにもかかわらず、新規感染者数が過去最高水準に達したとして、今月13日から部分的な都市封鎖(ロックダウン)に踏み切ったという。「ワクチン・検査パッケージがあるから、何をしても大丈夫」と考えるのは誤りで、かえって危険である。

 宗教の立場からみた問題点は、「全てのいのちが対象になっていない」という一言に尽きるのではなかろうか。

 ワクチン・検査パッケージは、一種のIDである。持たなければ、危害を加えかねない人物や不審者として扱われる。しかも、接種や検査を受けるという行動を自分から取り、自分の意思で情報を開示する必要がある。従わずに排除されても「自己責任」と断じられかねない。

 経世済民、すなわち世を経(おさ)め民の苦しみを済(すく)うのが経済なら、ワクチン・検査パッケージを持つ者と持たざる者に分断することが、本当に社会経済活動を推進すると言えるのか。少なくとも、寺社が行事や拝観、法要への参加条件として活用するのはふさわしくないだろう。

 さまざまな教団が感染拡大の第1波で声明や談話を相次ぎ発表したにもかかわらず、コロナ禍から約1年半が経過した現在は、多くの教団が沈黙している。そうした中にあって、曹洞宗は今月2日に鬼生田俊英宗務総長の談話を発表し、縁起の考え方に基づいて「基本的な対策を怠ることなく、冷静に、丁寧に日々を過ごしていくことを、共に努めて参りましょう」と呼び掛けた。第6波が来るまでの谷間に警鐘を鳴らしたという意味で、評価できる談話だ。

 ワクチン・検査パッケージを巡り、政府は専門家の知見を聞きながら、国民的な議論を踏まえて検討するとしている。内閣官房の新型コロナウイルス等感染症対策推進室のホームページには、意見や要望を伝えられるフォームもある。教団として見解を発信するだけでなく、宗教者個人としてもぜひ、考えを国に届けてほしい。

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