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つなぐ心①いのちのケア 今こそ

※文化時報2022年1月1日号の掲載記事です。

 新型コロナウイルス感染拡大は、宗教者による社会活動にも変化をもたらした。心のケア、分かち合い、困窮者支援。病院や介護施設では、面会の中止や制限を背景に、活動の縮小を余儀なくされている。家族に会えない人々や疲弊する医療者と、宗教者はどのように心を通わせているのか。

 「病気になったのが、わが子でなくて良かった」。三菱京都病院(京都市西京区)の緩和ケア病棟にあるウッドデッキで、入院患者の西爽(さわ)さん(50)がつぶやいた。

 末期の肺がんで入院している西さんは、23歳と20歳の息子の母親だ。「子どもたちが病気だったら、私は代わってあげられない。そのつらさを思えば、今の苦しみは耐えられる」。迷いのない口調だった。

 隣に座って黙って聴いていたビハーラ僧の山本成樹さん(55)=浄土真宗本願寺派願生寺衆徒=は、手元の紙片に「我今無所帰」と大きく記した。「我、今帰する所なく、孤独にして同伴なし」。『往生要集』を著した恵心僧都(えしんそうず)源信が、孤独に生きることのつらさを表現した一節だ。

 山本さんは言った。

 「帰る場所がないこと、共感してくれる人がいないことが、本当の地獄なのかもしれません。待っている人がいるというのは、いいことですね」

 その言葉に、西さんは晴れやかな表情でうなずいた。

宗教者「やはり必要」

 人との接触を極力避けることをよしとする「新しい生活様式」にあって、対面での傾聴を基本とする宗教者は、心のケアに取り組むことが容易ではなくなった。

 終末期患者専用の賃貸住宅「はなみずきの家」(埼玉県さいたま市・川越市)は、政府の緊急事態宣言が出ていたさなか、月に1度の臨床仏教師=用語解説=による訪問傾聴を取りやめた。

 大井真澄代表は当時、入居者からこう打ち明けられた。「自分の命が尽きるのは仕方ないが、娘が新型コロナに感染しないか心配。こんな時にそばにいられないのがつらい」

 会えない家族を案じ、無力感に直面しているのは、患者も同じだ。終息の見通しが立たない中、平時以上に心の痛みを抱えている。

 「気持ちに寄り添ってくれる宗教者は、やはり必要だと気付かされた」と、大井代表は語る。

 現在は訪問傾聴は再開されており、日蓮宗本応寺(埼玉県川越市)僧侶の星光照さん(42)が担当している。

 「死を前にしても、誰かの役に立っているという思いがあるから生きられる。コロナ禍は『人はなぜ生きるのか』という根源的な問いを浮かび上がらせたのかもしれない」。星さんはそう話している。

医療者と違う視点

 「そろそろ墓じまいを考えたい」「死んだ後はどこに行くのだろうね」。宗教者に向けられる患者の言葉には、人生への問いや死への不安といったいのちにまつわる根源的な苦痛(スピリチュアルペイン)が隠されていることが多い。

 「医師や看護師だけでは、患者の一面しか見ることができない。宗教者をはじめ、さまざまな視点を持つ人が医療チームに加わることで、質の高いケアが実現できる」。在宅型ホスピス「メディカルシェアハウスアミターバ」(岐阜県大垣市)を運営する医療法人徳養会の沼口諭理事長は指摘する。

アミターバの談話室「カフェデモンク」は、入居者や遺族らの憩いの場。
阿弥陀如来の絵像や神社の御札など、さまざまな宗教にまつわる品が並ぶ

 アミターバには、浄土真宗本願寺派浄慶寺(岐阜市)衆徒の田中至道さん(33)ら、3人の臨床宗教師=用語解説=が常駐。医師や看護師、ケアマネジャーらと協働し、一人一人の患者を支えている。

 訪問看護師の小山聖子さん(57)は「終末期医療は、相手の人生そのものに向き合うことでもある。宗教者が間に入ることで、患者さんの望むこと、大切にしていることがよく分かるようになった」と話す。

 宗教者の存在は、共に働く医療者の心の支えにもなる。覚悟していても、亡くなった後には喪失感ややりきれなさといったグリーフ(悲嘆)を味わうからだ。「医療者とは異なる視点を持つ宗教者だからこそ、できるフォローがある」。小山さんは語る。

 だが、コロナ禍による業務過多で疲弊した医療・介護者が心の内を語れる場は、多くない。関西臨床宗教師会による傾聴移動喫茶「カフェデモンク」に通う看護師の鵜飼亜由美さん(51)も、時に20時間を超える連続勤務のつらさや、十分な看取(みと)りのケアができない葛藤を抱えてきた。

 「同じ医療者に話しても『仕方ないよね』で終わってしまうことが多い。ひたすら耳を傾け、共感してくれる僧侶の存在は貴重」。鵜飼さんは今月4日、訪問看護ステーション「仁(じん)」(京都市山科区)を開設。宗教者と共に患者のケアに当たれないか、模索している。

 コロナ禍の逆風にもかかわらず、宗教者に話を聴いてもらった人々は、何を感じているのだろうか。

臨床宗教師の田中さん、小山さん、沼口理事長(右から)

【用語解説】臨床仏教師(りんしょうぶっきょうし=仏教全般)
 医療や福祉、被災地などの現場で、生老病死にまつわる苦に向き合いながらケアを行う仏教者。座学、ワークショップ、実践研修を経て臨床仏教研究所が資格認定する。従来キリスト教関係者が手掛けてきた臨床牧会教育プログラムや、台湾の臨床仏教宗教師の研修制度を踏まえ、2013年に創設された。

【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
 被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は21 年3月現在で203人。

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