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お寺の慣習と個人情報

※文化時報2022年4月8日号に掲載された社説です

 改正個人情報保護法が4月から全面施行された。事業者は個人情報が漏洩した際、個人情報保護委員会へ報告し、本人に通知する義務を負うこととなった。

 宗教団体は、宗教活動の目的で個人情報を取り扱う限り、個人情報保護法の適用対象外とされている。ただし、収益事業などは対象となっている上、宗教活動であっても、苦情処理などの必要な措置を講じる努力義務は課せられている。

 たしかにお寺もけっして無関係ではいられない、と感じたのは、ある教団の研修会で次のような議論になったと耳にしたからだ。寄進した檀家の名前や金額を掲示したり、年回法要を迎える故人の氏名を張り出したりすることは、個人情報保護の観点から適切なのか―という問題が提起されたのである。

 寄進銘板や芳名板などとも呼ばれる寄付札は、金額の多寡によって、書かれる名前の順番や大きさに差を付けるのが通例だ。あるお寺では、掲示に対する賛否両論が檀家から寄せられ、住職は今後、掲げないことを決めた。経済的事情でお布施を出せない檀家が、肩身の狭い思いをすると考えたからだという。

 この住職は、後になって地域の有力者から「これは、皆がきちんと寄進したかどうかを知るための札だ」と教えられたことで、自分の判断が間違っていなかったと確信したと明かした。

 一方、年回法要については、その年に年忌を迎える人の名前などを本堂に張り出したり、寺報に掲載したりするお寺がある。お寺にとっては個別に知らせる手間が省けるかもしれないが、それだと檀家が知らせたくない親戚や近所がある場合でも、知られてしまう恐れがある。

 憲法20条で信教の自由が保障され、刑法134条2項で宗教者の秘密漏示罪が定められているのだから、宗教団体が個人情報保護法制にこれ以上縛られる必要はない、という考え方もできよう。

 しかし、法律の改正以上に社会の意識が変化し、条文が時代に追い付かないことは、しばしばある。個人情報への権利意識が高まっている以上、私たちは、法の定めは最低ラインだと見なさなければなるまい。

 私たちは、と断ったのは、メディアも同じジレンマを抱えているからだ。報道機関も、報道目的で個人情報を取り扱う限りは、法の適用を受けない。にもかかわらず、個人情報を理由に情報提供者の萎縮や取材対象者の協力拒否を招く事態は年々、深刻になっている。

 件の研修会では、寄付札や年回法要の張り出しをやめることに、異論も出た。寄付札は、本堂の修復など大掛かりな記念事業に貢献した人の名を後世まで残し、名誉をたたえる機会になる。年回法要の張り出しは、やらないと檀家にとがめられる地域もあるという。

 結局のところ、一律の判断は難しく、個々のお寺がそれぞれの地域性や実情に応じて対応を決めるしかない。場合によっては専門家の助言を仰ぎ、熟慮を重ねてほしい。

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