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第11回 地下の水中に住む生きもの

地下世界に生息する、数多の奇怪な生物達。ここまで、私は主に陸上の地下性生物に関して話をしてきた。だが、地下に住む生物は陸上のものだけではない。水中に生息する地下性生物も、またおびただしい種数がいるのだ。

地下空隙のうち地下水に満たされた領域には、魚類、昆虫、甲殻類、扁形動物などのうち特殊なものが生息しており、そのいずれもが分類群の枠を超えて「眼が退化する」「体色が薄くなる」といった形態的特徴を共有する
海外には、例えばヨーロッパのホライモリProteus anguinusであったり、あるいはメキシコのメクラウオ(ブラインド・ケイブ・カラシン)Astyanax jordaniであったりなど、大型の脊椎動物において地下性になった(しかも有名な)ものが数多く知られている※。

※大型と言っても、せいぜい数cm~数十cm程度(ホライモリで30-40cm、メクラウオで10cm程度)のものばかりであるが、それでも体長1mm内外がデフォルトの地下水生物の中にあっては、破格の巨大生物であることが理解できよう。

他方、日本において地下生活に完全に特殊化した脊椎動物というものはまるで知られておらず、せいぜいミミズハゼ属Luciogobiusでそれっぽいものが若干種知られる程度だが、これらとていずれも眼が完全になくなるまでには至っていない。
個人的には、九州中部の石灰岩地帯の、まだ誰も到達できていない地下深部あたりに、ミミズハゼかサンショウウオあたりの完全に無眼で体が白く退色したようなものがいるんじゃないかと思っているのだが・・・。

ウミミズムシの仲間Janiropsis sp.。
茨城県ひたちなか市の磯にて得られた個体。
メクラミズムシモドキMackinia japonica。
茨城県那珂川水系の地下伏流水にて得られた個体。

そんな訳で、珍奇な地下性の魚や両生類に恵まれなかった日本ではあるが、ならば日本の地下水生物はしょぼくてつまらないかと言われたら、それはとんでもない話だ。
甲殻類のミズムシ類(ミズムシ科Asellidae)においては国内に4属21種が知られるが、これらのうち1種を除いてほぼ全てが地下水性であるし、地下水性ミズダニ類(いずれ詳しく取り上げるが、ダニの中には水中に住むミズダニと呼ばれるグループがいて、さらにそのミズダニの仲間の中に地下水でしか見られない仲間がいるのだ)に至っては、その数は今村(1977)の時点で15科23属68種にも及び、その全種が日本固有というから驚くほかない。

地下水に住む生物は、陸上の地下性生物と同様に地域固有性が高く、それぞれが種毎に固有の分布地域を守っている傾向がみられる。地下水性ミズダニ類を例にとれば、例えば奄美群島でしか見つかっていないとか、北海道でしか見つかっていないといった種がいくつも知られている。
しかし面白いことに、同じ地下水性ミズダニ類においても、種によっては不可解なほど分布域が日本の広域に及んでおり、場合によっては島をまたぐ種すらある。これは、ミズダニの分類群によって地下に潜って生活し始めた年代が極端にばらついていることが関係しているのではないかと推測される。
生物は一度地下に特化した生活を始めてしまうと、地上で生活していた頃に比べて水平方向への移動が極端に難しくなる(水気のある場所から離れられない、硬い岩盤に移動を阻まれる等)。さらに、その地下生活をしている集団は、迫りくる地震などの様々な地理的イベントによって地面ごと分断され、孤立していくことになる。よって、より古い時代から地下に潜っている集団ほど、こうした分断と孤立の状態を数多く、しかも長い時間経験していることになり、その地域特有の種として分化しやすいわけである。
広域に分布している地下水性ミズダニは、地下に潜ってからの日がまだまだ浅い(とは言っても数百万年レベルであろうが)新参のヒヨッ子と言えるだろう。

地下水性ウシオダニ。
恐らくヒメウシオダニParasoldanellonyx typhlopsと思われるもの。
茨城県の井戸水から汲み出された個体。

地下水生物に関しては、一つ興味深い特徴がある。それは、明らかにもともと海に起源を持つであろう種が、分類群の枠を超えて多数存在することだ。例えばウシオダニというダニの仲間は、多くが海岸や海底に生息するのだが、一部の種は地下水にだけ住む。また、地下伏流水中に多く見られる、メクラミズムシモドキという軟弱な甲殻類がいる。これはウミミズムシ科という、その名の通り海底に生息する甲殻類の仲間なのだ。他にもゴカイやヒモムシなど、その仲間が軒並み海産種で占められる幾つもの分類群の中から、地下淡水に住むものがぽつぽつと現れている。

海岸の波打ち際の地下空隙は、海から来る海水と陸側から来る地下淡水とが混ざり合った、とても濃度の薄い塩水(汽水)で満たされた状態になっている。元々海底の砂利の隙間に生息していた生物の中から、やがてこの波打ち際の汽水で満たされた地下空隙に生息するように適応したものが現れ、さらにその中からもう一歩進んで完全な純・地下淡水で満たされた領域へと進出したものの末裔が、今日の地下水生物の成れの果てなのだ、というのが、今のところこの不思議な現象を一番合理的に説明しうる仮説らしい。

地下水と海、一見何も関係ないように見える二つの世界は、実は一つながりだったのだ。

第12回へつづく。

参考文献

今村泰二(1977) 日本の地下水生ミズダニ類の研究展望。pp.9-81. In: 佐々學、青木淳一編,ダニ学の進歩ーその医学・農学・獣医学・生物学にわたる展望ー。図鑑の北隆館、東京。
下村通誉(2016)日本産ミズムシ亜目の分類。Cancer 25: 109–112
入江照雄(1997)暗闇に生きる動物たち 写真編。自費出版、p.59
吉井良三(1988)洞窟学ことはじめ。岩波書店、p.200

Author Profile
小松 貴(こまつ・たかし)
昆虫学者。1982年生まれ。専門は好蟻性昆虫。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻・博士課程修了。博士(理学)。2016年より九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2017年より国立科学博物館にて協力研究員を経て、現在在野。著作に『裏山の奇人―野にたゆたう博物学」(東海大学出版部)、『虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる』(ベレ出版)ほか多数。

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