第2回 カイコの飼育、気づいたらクワ畑を作っていた
電話が来るほど大人気の虫、カイコ
生きものに触れ合える展示は、私の働く竜洋昆虫自然観察公園で特に人気の高い展示です。その中でもカイコはひときわ反応がいい昆虫。毎年春から夏にかけて展示を行っていますが、「カイコは展示されていますか?」「カイコにさわることはできますか?」などなど、電話でお問い合わせが来るほどの人気っぷりで、欠かせない存在です。
カイコはクワコという昆虫から人間が改良して作り出されたと言われており、野外にはいません。そのため、昆虫館では養蚕を行っている会社から卵を譲ってもらい、飼育しています。
どうしよう、クワの葉が足りない…
カイコが食べるのはクワという植物の葉です。最近は人工飼料といって人間が作り出したエサで飼育することもできますが、高価であること、一生懸命葉っぱを食べているかわいい姿を見てほしいことや、「パリ、パリ」という、葉っぱを食べている時の音を聞いてほしいことから、クワの葉で飼育することにこだわっています。
昆虫公園の野外公園には、いたるところにクワが生えており、それらを与えるのですが、これがなかなかに大変。出勤したらクワの葉を採りに行き、カイコに与え、仕事中もなくなったら追加。退勤前にまたクワの葉を採りに行き……「あれ!? さっきあげたばっかりなのにもうなくなってる!」というくらい凄まじいペースで食べます。日本蚕糸学会監修の『カイコの実験単』(株式会社エヌ・ティー・エス, 2019)では、1匹のカイコが繭になるまで約40gのクワの葉を食べると紹介されています。以下の写真がおおよそ40gの葉です。
「これくらいなら何とでもなるのでは?」と思った方も多いでしょう。しかしこれは1匹が食べる量です。昆虫館では、展示や冬に行うカイコを題材にしたイベントのため、また、自由研究でカイコを観察したいという方にお譲りするため、多くのカイコを飼育しています。その数は、合計すると毎年1000匹以上。1000匹×40gで40,000g、つまり40kg以上のクワの葉が必要になります。このため、昆虫館は慢性的なクワの葉不足となり、野外公園のクワは丸坊主になってしまいます。途中で葉っぱがなくなってしまいそうになることも。どうにかならないものか、と毎年のように頭を抱えていました。
クワ不足の救世主あらわる!
ある日、昆虫館でボランティアとして活躍してくださっているSさんが、幹の太さが10センチほどはあろうかという立派なクワの木をまるごと持ってきてくださいました。Sさんは昆虫の研究を行っている企業に在籍されていて、そこにあったクワの木を昆虫館に提供してくださったのです。しかもただのクワの木ではなく、カイコを飼育するのに適した「一ノ瀬」という品種。大きくて柔らかい葉っぱをつけるクワです。一度カイコについて調べていた時にこの一ノ瀬の存在を知り、どうにか手に入れられないかとネットを探し周りましたが、かなりの金額だったのでそのままウィンドウを閉じました。夢にまでみた一ノ瀬。救世主の登場で、「次の飼育はクワ不足に悩まされなくなるのでは!?」と期待が膨らみます。
しかしながら、その考えは甘々でした。いくら一ノ瀬と言えど、1本ではそこまでの力を発揮することなく、瞬く間に丸坊主となりました。
「もうだめだ。クワ畑を作ろう」
このままではずっとクワ不足に悩まされてしまいます。これを打破するにはクワの畑を作るしかありません。
養蚕が盛んだった時代はそこかしこにあったというクワ畑ですが、使われなくなった今となっては減っていくばかりで、すでに身近なものではなくなっています。クワ畑があればカイコのエサを得ることができるだけでなく、カイコを育てるためにクワの畑があったことを実物を見せながら解説することもできるようになります。
クワ畑を作っちゃおう!
思い立ったが吉日ということで、さっそく行動に移ることにしました。クワは挿し木で増やすことができるので、いただいた一ノ瀬を増やすことにします。
まず、少し休養させて新しく枝と葉が出てきた一ノ瀬から枝をもらいます。これを適度な長さに切って、挿し木用の土で満たしたプランターに植えました。クワの挿し木は難しいとのことなので、多めに20本ほどの挿し木を作りました。これに、水が切れないように適度に散水を行って管理していきます。
野外公園の園芸担当の方や野外管理の方、館長にも協力していただき、こまめに様子を観察します。昆虫の飼育は慣れたものですが、植物は勝手がわからずうまくできているのかどうかもわかりません。動かないし、生きているのか?と心配になります。本やネットで調べつつ、毎日のように「まだ葉っぱがでない、まだ根っこもでてない」とまるで『となりのトトロ』のメイのようにクワに熱い視線を注ぐ日々が続きます。
少しして、ほとんどの挿し木が新しい葉を展開し始めました。軽く引っ張ってみると、根も出ているようです。どうやら成功していそうです!さらに大きくするため、園芸担当の方に個別の植木鉢に植え替えをしていただきました。
それからしばらくして、最初10センチほどだったクワは高さ20センチほどになりました。ついに畑に植えるときです。野外管理の方にお願いして、野外公園の一画に6本のクワを地植えしていただきました。あとはこれが大きくなれば、クワ畑になります。
現在、クワたちは私の背をとっくに追い越すほどに大きくなりました。毎年冬前に肩くらいの高さまで切り、葉をとりやすい高さに調整しますが、春になるとまたぐーんと枝を伸ばし、たくさんの葉をつけます。新鮮で柔らかい葉はカイコに大人気です。おかげでクワの葉不足を心配することがなくなり、カイコたちも安心して飼育することができるようになりました。
1種の昆虫を飼育するためにエサとなる生き物を育てるというのは、昆虫館では珍しいことではありません。展示する昆虫を育てるだけではなく、「エサを育てる」というのも昆虫館の大事な仕事の一つです。見えはしませんが、展示一つにも、さまざまな苦労や失敗、そして成功が詰まっているのです。
引用文献
日本蚕糸学会(監修), 2019. カイコの実験単. 株式会社エヌ・ティー・エス.
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柳澤 静磨(やなぎさわ・しずま)
東京都八王子市出身。幼少期からゴキブリが大の苦手だったが、2017年に西表島で出会ったヒメマルゴキブリのゴキブリらしからぬ姿に驚き、それ以来ゴキブリの魅力に取りつかれた。現在はゴキブリストを名乗ってゴキブリの展示や講演会などを通してゴキブリの魅力を伝えている。磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員。ゴキブリ談話会世話役。著書に『ゴキブリハンドブック(文一総合出版)』『「ゴキブリ嫌い」だったけどゴキブリ研究始めました(イーストプレス)』『学研の図鑑LIVE 新版 昆虫(学研:分担執筆ゴキブリ目担当)』などがある。
HPゴキブリ屋敷:https://www.gokiburiyasiki.com/
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