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カエル博士にわたしはなる! 入江聖奈さんが研究の道を選んだ理由

2021年夏、東京五輪女子ボクシングフェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈さん(日本体育大学)。カエル好きで知られ、勝利インタビューなどの場で「カエルのために生きる」と公言してきました。五輪後もアジア選手権や全日本選手権などで活躍して快進撃は続きましたが、大学卒業後は大学院に進学してカエルの研究に取り組む道を選択。受験に合格して東京農工大学大学院への進学を決めると、2022年11月の全日本選手権で2連覇を果たして有終の美を飾り、現役を引退しました。2023年春からは大学院での研究をスタートさせます。
オリンピックで金メダルを獲得したアスリートが競技生活にピリオドを打ち、生物学者をめざすという例が過去にあったでしょうか。生きもの大好きブンイチ編集部としては、そんな聖奈さんに興味津々。なぜカエルの研究者を志したのか、カエルのどんな研究に取り組むのか、くわしいお話を伺いました。

カエル沼にハマったきっかけ

聖奈さんがボクシングの練習を始めたのは小学2年生。幼少期、生きものにはほとんど興味がなかったといいます。そんな聖奈さんがカエル好きになったのは、鳥取県立米子西高校に通っていたころのこと。両生類と爬虫類が好きで飼育している同級生がいて、昼休みになるとペットの写真を見せられていたそう。
聖奈さん「その子に布教されました。最初はあまり興味がなかったのですが、毎日のようにカエルの写真を見せられているうち、ありだなと思うようになっていきました」

そんなある日、運命を決定づけるできごとがありました。自転車で下校する途中、カエルに「当たった」のです。

聖奈さん「アジサイの葉にふれたときカエルに当たった感触がありました。今思えば、視野のすみを何かが横切った気がします。自転車を停め、傍らの植物の葉っぱの上に目をやると、カエルがいて目が合ったのです。その刹那、わたしはカエル沼に落ちました」

最初の出会いを振りかえる聖奈さん

そこにいたのはシュレーゲルアオガエル。一目惚れした聖奈さんは、その子をペットボトルに収めて「お持ち帰り」し、その後2年間飼育したそうです。

シュレーゲルアオガエル。あざやかな体色に大きな目、金色の虹彩がチャームポイント ©️髙野丈

悪いところがない。すべてが好き

カエルのどんなところに魅力を感じるのでしょう。
「なによりビジュアルがいいですよね。ぷりぷりした体型、まんまる大きな目につぶらな瞳。動きもかわいいし、非の打ち所がありません。やはりビジュアルが完璧すぎます」と聖奈さん。とくに好きな種はアズマヒキガエルだといいます。

「お尻がぷりぷりしているところがかわいいですし、表皮がぼこぼこしていて、筋骨隆々でごっついのがたくましくていいですね。筋肉がすてきです。オスの前腕なんか素晴らしいですね」

アズマヒキガエル。たしかに、たくましい体つきに、凛々しい顔つきだ ©️髙野丈

正面から見た顔の大きな口のカーブとか、お尻をぷりぷりさせながら、のそのそ歩く姿も好きだといいます。ヒキガエルの次に好きな種はという質問に、特定外来生物ながらと断ったうえでオオヒキガエルを挙げ、イケメンですと言い切った聖奈さん。国内最小種のヒメアマガエルや、最近新種発表されたヒメタゴガエルも今後観察してみたいそうです。

マイフィールドは渋谷の神社

カエル愛の深い聖奈さんですが、現役時代は選手生活が忙しく、なかなかフィールドワークに出られなかったそう。そんな忙しさの合間をぬって、たまに観察に出かけていたのが渋谷の神社でした。

渋谷駅にほど近い神社。スダジイの大木が茂る

「ヒキガエルを見つけて観察し、写真を撮りまくりました。カエルにとって、ヒトがさわるのはあまりよくないことをわきまえつつ、少しだけ『おさわり』させてもらったり(笑)選手生活が忙しかったので、月に1回行くことができればいいほうでした」

聖奈さんが神社で撮影したヒキガエルの写真で、お気に入りの一枚。©️入江聖奈

昨年は7~8個体いたものが、今年は2個体しか確認できなかったのが気になるという聖奈さん。すでに研究者としての視点で、カエルと環境を見ているようです。現役時代は遠くへ出かける時間がなくて、この神社に行くのが癒やしの時間でしたが、これからは研究が本業。あちこちへ出かけて存分にフィールドワークできますね!

食べて食べられるたいせつな生きもの

カエルのほかに好きな生きものはとくになく、カエル一筋という聖奈さん。カエルを捕食する鳥類やヘビのことをどう思っているのでしょう。
「カエルは生態系の中で、食べて食べられるたいせつな位置にいる生きもの。食物連鎖があってこそ今のカエルがあるわけですし、(いくらカエル愛が深くても)捕食者に対して憎悪の感情を抱いたりはしません。捕食者に関連することがらでは、ヤマカガシがヒキガエルを捕食し、ヒキガエルがもつ毒成分を体内に蓄積するという関係性には興味深いものがありますね」

聖奈さんにお話を伺っていると、先行研究のことがよく話題にのぼります。小社刊『保全生態学入門』も読み込んでいただいたそうですが、大学院受験では幅広い分野で猛勉強されたことでしょう。そして、早くも研究者としての片鱗を感じさせるコメントの数々に感心させられます。

カエルのために生きたい

聖奈さんが研究者を目指そうと決めたのは、幼少期から取り組んできたボクシングで世界一になり、金メダルを獲得した東京五輪のあとのタイミング。1つの分野で頂点に昇りつめた直後に、別の道を選ぶという決断はなかなかできないのではないでしょうか。

「ボクシングでは自分の目標を達成しました。このままボクシング界にいれば、金メダリストの称号が必ずつきまといます。それに甘えてずるずる生きていくことは、絶対にしたくありません。人生、挑戦し続けるほうが楽しいですし、好きなカエルのために貢献できたらこれ以上幸せなことはないと思い、研究の道に挑戦することにしました」

競技を引退し、カエル研究の道を選んだ理由を聖奈さんはこう説明しました。研究者として新たな知見を世界に提供しつつ、保全活動にも尽力したい。そういう取り組みがわずかでもカエルのためになるなら幸せだし、それが「カエルのために生きること」だと熱く語る聖奈さんの表情は、じつにさわやかでした。

ヒキガエルを研究したい!

春から始まる修士課程を控え、聖奈さんは今、研究テーマ探しに奮闘中です。
「先行研究によると、カエル類の防御行動には31種類ものパターンがあるといいます。昆虫のカマキリでも10種類しかありませんから、カエルの防御行動がじつに多様だということがわかります。しかもその仕草がかわいいのです。それ、防御になってるの?という行動も(笑)」

目を守ろうとして守れていない、ヒキガエルのかわいい防御行動の写真を見せてくれました

跳んで逃げるのはもちろん、じっと動かない、噛みついて反撃するといった単純な行動から、毒を分泌する、体色を変えてカムフラージュする、死んだふりをするなど、防御行動には状況に応じた段階があるといいます。聖奈さんはこのカエルの防御行動の多様さに注目。

「ヒキガエルの防御行動について研究したいと考えています。でも、研究の『意義』をうまく見出だせなくて、研究テーマとしてまだ定まっていないのです」
カエルの防御行動について説明する聖奈さんの熱量はとても高く、スキが伝わってきました。熱心に説明しながら見せてくれた「論文ノート」には、先行研究の論文から抜粋した防御行動の模式図のコピーが貼り付けられており、書き込みがびっしり!

論文ノートを使って説明してくれました
先行研究や自身の考察がびっしり書き込まれていました。字もきれいです

 ただ研究テーマについては、指導教員が首を縦に振ってくれないと、スタートが切れません。大好きなヒキガエルを軸にして、研究テーマにつなげることの難しさを聖奈さんは語りました。
「好きというだけでは、研究テーマとして認められないんですよね。でも私としては、ヒキガエルは絶対に外せないので、切り口を考えています。天敵であるヤマカガシに対するヒキガエルの防御行動は特有かもしれないし、相互作用を調べていくことで新たな発見があるかもしれません。また、同じヒキガエルでも都会にすんでいる個体と山にすんでいる個体とでは、防御行動が異なるかもしれません。もしそうであれば、なにかが言えるのではといったことを考えていました」

カエルと研究のことを熱く語る聖奈さん。スキが伝わってきて、盛り上がりました!

3月にはヒキガエルの繁殖活動が始まるので、できるだけ早く研究計画書を仕上げなければと聖奈さん。その表情からは、悩みながらも、楽しくて仕方がないという充実ぶりが伝わってきました。熱望しているヒキガエルの研究をあきらめず、きっといい切り口を見出すのではないでしょうか。

幼少期にボクシングを始め、努力と経験を積み重ねて世界一になった聖奈さん。研究の道でも、世界を驚かせるような金メダル級の研究を発表してくれるに違いありません。
ブンイチはこれからもカエル研究者、入江聖奈さんに注目し、応援していきます!

取材・文:髙野丈(編集部)
撮影:居木陽子

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