見出し画像

第6回 うにょーん。きしめんみたいなコウガイビル

白いコウガイビルがやって来た!

雨上がりに道路を横切る、三角形の頭をしたミミズのような生き物を見たことはないでしょうか。その独特の見た目と、非常に長い体から多くの方の目に留まるのか、私の勤める昆虫館に「この生き物はなんですか?」と問い合わせが来ることも多いです。

この生き物の名前はコウガイビル。コウガイ(笄)とは女性の髪飾りの一種で、頭の形が笄に似ているので名前につけられています。ヒルという単語がついていますが、血を吸ったりするヒル(環形動物)とは別の生き物で、切っても切っても分裂して殖えることで有名なプラナリア(扁形動物)に近い生き物です。プラナリアも切るだけだとうまく分裂せずに死んでしまうこともあるので、ただ切れば殖えるというわけではないのですが、それはここでは置いておいて。コウガイビルの話です。

2022年4月、知人のMさんより、「白いコウガイビルを見つけたので、そちらの昆虫館に寄贈できないか」といった旨の連絡をいただきました。コウガイビルには黒い種や黄色に黒い筋の入った種などがいますが、Mさんが見つけた真っ白なコウガイビルはアルビノ(色素の欠乏や減少によって、体色や体毛色が変化する)の可能性がありました。多くの人に見ていただける場所に譲りたいという嬉しいお気持ちがあって、寄贈のお話をいただいたので、もちろんすぐに引き受けさせていただきました。

白いコウガイビル。その見た目から、Mさんが「きしめん」と名付けていました。おいしそう。触るとやや冷たく、ヌタァっとしています。
伸びたきしめん。最大まで伸びると15cmくらいでした。

翌日、Mさん自ら白いコウガイビルを持って昆虫館に来てくださいました。見てみると、確かに真っ白。私もカタツムリやゴキブリを探している中でさまざまな色のコウガイビルを見てきましたが、ここまで白い個体は初めてです。確かに、アルビノ個体なのかもしれません。繁殖できるようにと、わざわざ白いコウガイビルを発見した場所で別個体の黒いコウガイビルも採集し、一緒にもってきてくださいました。白いコウガイビルは「きしめん」という名前をMさんが付けられていたのでそのままきしめんと呼び、黒い方はブラックきしめんと名付けました。こうしてコウガイビルたちの飼育が始まりました。

白いコウガイビルと同所でとれたという黒い(通常)個体。
きしめんに対して、こちらはブラックきしめんと名付けました。
S字ブラックきしめん。

コウガイビルのエサはなんだ?

受け取ってからすぐ、飼育ケースの準備を始めます。コウガイビルは乾燥に弱く、見かけるのも湿った場所のことが多いため、乾燥ミズゴケを水で戻したものを20センチ四方ほどのケースに敷き詰め、ここにコウガイビル2匹を入れました。
調べてみると、コウガイビルはミミズやカタツムリ、ナメクジなどを食べるとのこと。ミミズはイモリやウナギのエサにもよく使うため、野外公園でたくさん生息している場所を知っています。早速小さめのミミズを見つけてきて、ケースに入れました。少しの間様子を見ていると、きしめんが動き回って、ミミズとあと少しで出会いそうになります。食べる瞬間が見られるか!? と期待しましたが、互いが触れ合った瞬間にきしめんのほうから避けて方向を変えてしまいました。その後何度も出会いましたが、結果は同じ。襲うようなそぶりもありません。飼育に暗雲が立ち込めてきました。

ケースに入ったきしめん。
ガラスの裏から見たきしめん。体の真ん中(写真白矢印部分)しか使わずに歩いている!
小さいですが面白い発見です。

それから数日経過しましたが、エサはやはり食べないまま。ミミズの大きさを変えてみても反応はなく、一部を切断して体液を出し食欲をそそる作戦もやってみましたが失敗しました。
苦労している中、友人から連絡が入り、友人の知り合いであるコウガイビルの研究者の方からアドバイスをいただくことができました。なんと、「体型的にナメクジ食いに見える」とのこと。参考文献には「ミミズやナメクジ、カタツムリなどを食べる」とあったので、すっかりすべてのコウガイビルがこれらすべてを食べるのだと思っていましたが、どうやらミミズを食べる種類、ナメクジを食べる種類というように種によって違うようです。さらに、大きすぎるナメクジを与えると死んでしまうことがあるようで、ナメクジを細かく切って与えるといいようです。

ナメクジを切り身にするなら、馬刺しの要領で!

次の日、出勤してケースを見てみると、やはりミミズは食べていません。いただいたアドバイス通りに、ナメクジを与えてみることにしました。野外からチャコウラナメクジを採集してきて、ティッシュの上に置きます。カッターを片手に、ナメクジをき、切るのか……と一瞬躊躇してしまいます。生き物を飼育する上で、抵抗を抑えたり、食べやすくしたりするためにエサを加工することは珍しくありません。コオロギの後肢をとったり、ゴキブリの頭を引っこ抜いたりといつもやっていることですが、ナメクジを切るというのは初めて。どうやってやるのかと手が止まりましたが、いつまでそうしていても仕方ありません。えい、とナメクジにカッターを押し付けました。しかし粘液に阻まれ、かつ柔らかい体のためうまく切れません。無理やりやれば切れそうですが、大きさの調整が難しそうです。

どうにかうまい方法はないかと悩み、冷凍してから切ることにしました。以前、通販で馬刺しを買ったときに、半解凍のまま切るとうまくカットできると説明書に書いてあり、その通りにしたら角が立ったまま素晴らしいカットができたのを思い出したのです。ナメクジをケースに入れ、昆虫館の冷凍庫に投入。2時間ほど待って、カチコチに凍ったナメクジを取り出しました。溶けてしまわないうちにカッターで切ってみると、スパッとうまく切ることができました! 角も立っていて素晴らしいです。
ただ、凍ったまま与えてしまうのはよろしくないと思われるので、そのまま自然解凍し、常温に戻してから与えることにしました。

一時間ほどの解凍後、ぐでっとなったナメクジの切り身をケースに投入します。
ブラックきしめんはどこかに隠れてしまっているようですが、きしめんはゆっくりとケース内を徘徊しています。反応が早く見たいため、進行方向にナメクジの切り身を移動させてみます。ゆっくりゆっくり近づいていき、頭がナメクジに触れた瞬間、ナメクジにぐるりと巻き付きました! 全身でナメクジを覆い、腹部から膜のようなものを出してナメクジを溶かしながら取り込んでいます。見ている間にどんどんとなくなり、食べきってしまいました。コウガイビルの狩りをはじめてみて大興奮です。普段ゆっくり動いているので、素早い狩りの動きには驚きました。

ナメクジを食べるきしめん。体の中心にある黒いものがナメクジ。ぐるりと巻き付いているので混線しています。左の飛び出たところが体の後ろ部分です。

その後、ブラックきしめんもナメクジを捕食しました。アドバイスをいただいた通り、このコウガイビルたちはナメクジを食べることがわかり、立ち込めていた暗雲に晴れ間が見えました。

別れは突然に……

その後、コウガイビルたちは一か月ほど飼育することができ、展示も実施できました。しかしある日ケースを見てみると、ブラックきしめんの姿がありません。ケースはしっかりロックされており、フタの付近にコウガイビルが動いた痕(動くと粘液が乾燥して痕が残る)もありません。慌ててケースの中を確認すると、ミズゴケの下に黒くとろけた物体を見つけました。ブラックきしめんです。前日までは元気に動いていたのですが、突然の出来事です。それから少し経って、きしめんも死亡してしまいました。

水分も問題ないように見え、エサも与えたのは少し前なので関連性は低そうです。考えられる可能性としては、通気性をもっとよくするべきだったのかもしれません。せめて何がいけなかったのか探ることで次の飼育につなげたいという想いから、いろいろと考察してみますが、それ以上はヒントを得ることはできませんでした。

さまざまな生き物の飼育を毎日していると、毎日のように飼育の壁に行き当たります。どうやってその壁を超えるのかは、やはりその生き物のことをもっとより知るほかないのだと思います。飼育も野外観察も経験値を積み上げていくことで、よりよい飼育をし、展示につなげていけると思います。今後も精進しつつ、飼育技術を磨いていくことをコウガイビルたちに誓いました。

今回でひとまず最終回です。

昆虫館ではたくさんの生き物を毎日飼育しており、発見や驚きの連続です。ここでは紹介できない種も多くいますが、それはまたどこかでご紹介できればと思います。

上手くいかないことも多い仕事ですが、生き物と関わり、生き物を知っていける面白さは何にも代えがたいものです。これからも技術や知識を増やしつつ飼育・展示を行い、多くの方に生き物の魅力を伝えていけるよう、頑張っていきたいと思います。全6回、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

柳澤 静磨(やなぎさわ・しずま)
東京都八王子市出身。幼少期からゴキブリが大の苦手だったが、2017年に西表島で出会ったヒメマルゴキブリのゴキブリらしからぬ姿に驚き、それ以来ゴキブリの魅力に取りつかれた。現在はゴキブリストを名乗ってゴキブリの展示や講演会などを通してゴキブリの魅力を伝えている。磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員。ゴキブリ談話会世話役。著書に『ゴキブリハンドブック(文一総合出版)』『「ゴキブリ嫌い」だったけどゴキブリ研究始めました(イーストプレス)』『学研の図鑑LIVE 新版 昆虫(学研:分担執筆ゴキブリ目担当)』などがある。
HPゴキブリ屋敷:https://www.gokiburiyasiki.com/

「昆虫館のバックヤード」過去記事
第1回 あのゴキブリ狩りバチを飼ってみた
第2回 カイコの飼育、気づいたらクワ畑を作っていた
第3回 美しいカタツムリが食べる意外なもの
第4回 コオロギ? キリギリス!? ひたいに日の丸をもつ虫
第5回 紙魚(シミ)とティッシュと水分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?