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木枯らしの妻


大谷というところに「グリーンセンター」と言う野菜や苗を販売している農協の店がある。朝採れの野菜を毎日、農家の人が自ら納入する。販売用のシールを事前に貼って来るので、混乱はない。地産地消の『道の駅』のシステムに似ている。牛村勇は、自宅で栽培した野菜や花を出荷する農家を経営していた。その他、水田で自給自足するくらいの米を収穫している。

JA、いわゆる農協には、野菜、果実、花きの出荷規格という恐ろしい独自基準がある。労働力不足だから、選別作業が、ことのほか手間がかかる。何とかしたいと誰でも思っている。

「曲がったきゅうり、少しだけ傷がついたナスなども捨てるしかない。食品ロスとかいうが、農家の畑には、そんなもんばかりが放置されている。最近は、訳あり商品として、店頭でも販売されているが、数が知れているよ。全部、買い上げてくれたら、正規品が売れなくなるからね」と牛村は嘆いていた。

A B Cで分けられた等級、2L、L、M、Sのサイズの階級、1本の長さと基準が細かく決まっている。それに曲がり具合、新鮮さなどの品位基準が加味される。生産者にとっても、消費者にとってもメリットはある。どのスーパーよりも産地直送だから鮮度が違う。しかも生産者が直接納入しているので、売れる売れないが実感できる。

残念ながら、牛村は、69歳の若さで東海大学病院に運ばれ、息を引き取った。悠々自適な生活をお送っている人でも、癌には勝てなかった。残された家族は、農家を継げる訳でもなく、妻が細々と継続するしか方法がない。田んぼは、他人に種撒きから収穫までタダで貸してしまう家が増えている。農機具だけを持って、他人の田んぼと契約する専門家がいる。農家のお助けマンだ。


「生産縁地」「一般市街化区域農地」「特定市街化区域農地」と農地でも固定資産税に差がある。税金を払っても売るより持っていた方が得だという判断で、先祖代々から受け継いだ土地を所有する。しかも、耕作していない土地は、空き地とみなされ税金がかかる。そんなわけで、農地は転売されずに自然のまま、何とか残されている。
悪法に見えるが、守銭奴の餌食にならず、自然が残る。

牛村家も例外ではない。息子は、市役所に勤務するサラリーマンになっている。娘は、隣町の貸しビルのオーナーの御曹司と結婚している。そんな専門家の義理息子の知恵を借りて、妻は家の近くの畑を賃貸のアパートにすることに決めた。「遺族年金は、意外に少ないので、現金収入が何より欲しいのが現実だよ」と妻は、娘に本音を告げた。

それでも、土地を持っている強みだ。普通のサラリーマンなら、一生働いても、持ち家一軒持てないのが現実だ。牛村のお陰で、寂しさはあるが、平穏に暮らせることに感謝する家族であった。

「コツコツ働いて、楽ができると思ったら、死んじゃった。もっともっと楽をすれば、良かったのに」と妻は、仏壇の前で涙ぐんだ。

良夫を持ったばかりに、悔やむ妻。酒ばかり飲む、女たらしでぐうたらな夫よりまともだ。世間は、思うようにいかないものだ。だから遊んじゃおと、友達の死で、一層気楽に生きることを決心した聡であった。飲みかけの日本酒が、やけに冷たく感じた木枯らしが吹く日だった。


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