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蓼食う虫も好き好き

「あけない~夜はない~、止まない雨、 梅雨じゃない?」ジョイマンは、2008年ころに流行った漫才コンビだ。

なのに頭の片隅に、長雨が降るとこのフレーズが勝手に登場する。大概の人は、雨を嫌う。憂鬱で、外出するのも億劫になるからだ。
 
カーラジオから
『とても悲しいわ あなたと別れて
流れる花びら みつめているのは
どしゃ降りの雨のなかで わたしは泣いた
やさしい人の想い出を つよく抱きしめて』
(作詞 : 大日方俊子)
とドスの効いた和田アキ子のハスキーボイスの曲が流れてきた。

土砂降りの雨が、湘南の海を覆っていた。運転するのは、花上聡美だ。化粧品のビューティレディのキャリアウーマンだ。お客は主婦が中心で、販売だけでなく、化粧方法までサポートする。自分の車を提供して営業する。自分である程度、在庫を持ちながら、販売する個人事業主ような仕事をしている。

ビューティレディは、週に何回か営業所に集まる。情報収集と情報交換の場であり、研修の場でもあった。営業所所長は、偶然にも高校の同級生の母親だ。全員女性で、様々の事情で、歩合制のセールスレディを営んでいた。

販売から集金、入金まで全てこなさなければ、歩合制といえども、収入がない。意外にマルチタスクが要求されるスペシャリストでなければ続かない仕事だ。聡美は、会社経営をしていた父親を高校3年の18歳で亡くし、大学進学を諦めた。

兄と二人の妹を母親と二人で面倒を見る事になったので、セールスレディの道を選んだ。母親も生命保険の外交員の仕事を慣れないながらもやり始めていた。社長夫人から外交員への転落のようなものだった。

それでも、聡美は、商売人の血が騒ぐのか、負けず嫌いが功を奏したのか、トップセーラーになっていた。ズブの素人では、出来ない商売の機微のようなものが身に付いていた。

「父親にいつも感謝している。ビールに焼酎を入れて、飲むような人だったけど、仕事ができたからね」と酔うと口癖のように言う。当然、写真でしか見たことが無いが、実直で優しそうな人だと思つた。

ビューティレディと言っても、シングルマザーもいれば、金持ちのマダムもいる。建築デザイナーの妻で、何不自由ない生活をしている小泉美智子もその一人だ。

「綾ちゃん、もう一年生になるの」
と美智子は、娘の成長が楽しみらしい。
デザイナーの旦那は、いかにもダンディで、男盛りなイメージがする。背が低く小太りの中年女の美智子とは不釣り合いだ。

「とうして、あの二人結婚したのだろうか」といつも私が聡美に疑問を投げかけると
「愛し合っているからよ」と返ってくる。

蓼食う虫も好き好き

そんな私もちょっと小太りの聡美と付き合っている。他人の事をとやかく言える立場ではない。

小学生一年生の小泉綾が
「お兄ちゃん、痩せ過ぎだよ。お腹いっぱいになっても、もっと入ると思って食べれば、太るよ」とアドバイスをする。

女は、こんな小さい頃からお節介で、母親のような存在なのかと吹いてしまった。とりわけ、綾は、賢く早熟だった。

聡美と付き合って半年が過ぎ、ドライブに行った。しかも、母親に黙って、紀伊半島を一周した。伊勢志摩を抜け、峠で一休みした。太平洋を見下ろせる絶景に感動した。

どこでどうしたのか記憶に無いが、熊野、新宮を越え、串本に入り、白浜で宿を探した記憶がある。

大阪に近づくにつれ、聡美は、こんな事を車内で喋った。
「大阪万博の時に、軽自動車で東名、阪神で、千里まで行ったの。今じゃ考えられ無い。しかも五人乗りだもん」
と高校時代の話で夢中になった。白の日産ブルーバードに乗ってのドライブだ。

二泊3日のドライブは、楽しくいられなかった。帰宅して、聡美の母親から呼び出された。
「一体、何を考えてるの。父親が居たら絶対行かせなかったはずななのに」
と涙ぐ娘母親に無言で首を垂れていた。
「どう責任を取るの。まだ嫁入り前なんですよ」語気が強くなり、地団駄を踏むのは、自分の情けなさと大事に育ててきた娘が傷物になった事だった。

私の実家に乗り込む勢いで怒っていた。それはまずい。前後の見境なく、娘を連れ出した自分の軽率さに嫌気が刺した。一方、
「娘と言ったって、もう24歳だよ」と言い換えしたい気持ちがあった。

そんなこんなで、結婚をした。

その結婚も、12年で破局を迎える事になる。
それはそれで、大変なことになる。

ドジてマヌケな男の人生が終わり、そして新しい人生が始まる。

人生で最も幸せな再スタートでもあった。

蓼食う虫も好き好き。

「蓼(たで)」とは、「柳蓼(やなぎたで)」という葉のことを指しており、苦くて辛い葉だ。

蓼から果実に変わった。それも笑いの絶えない果樹園のような桃源郷に。もう三十年になる。

笑いのあるところに幸せがある。


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