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ほどほどのブス


よく漫才のネタで「ほどほどのブスという」話がある。謙也は、大学時代、来る子誘う子がそのタイプが多かった。ブス専門の請け負い人のように、ブスが寄ってくる。サイトでは、『「ブス」という言葉は、昔から有る言葉で、漢字では、附子と書く。附子とは、植物のトリカブトからとった毒のことである。トリカブトの毒に当たると、苦しさで顔が歪む。その歪んだ顔と不美人を結びつけ、不美人=ブスに成ったようである。』と書いてあった。

謙也は、いわゆる不美人と付き合ったのだ。世間体さえ気にしなければ、ブスでも美人でも、女性に変わりがないので、気にも止めなかった。とりわけ、女性と付き合うようになった頃なので、懐かしさと可笑しさでいっぱいだ。多分、誰にも話してない恋愛擬似事情のように謙也は思った。

最初に女性と付き合ったのは、大学に入ってすぐのことだった。仲良くなったクラスメイトと新宿のゴゴー喫茶でナンパした。3対3だった。深夜喫茶で世を明かした。それぞれ、播磨君、こーちゃん、謙也と別々に女の子が別れた。何となくカップルみたいな感じになった。相手は、浅草橋の会社に勤める東京に来たばかりの新入社員だった。

播磨君は札幌、こーちゃんは葛飾、謙也は海老名と大して変わらないが、若干関東なので、地理的な面で有利だった。三人の女子は、そこそこの娘二人とほどほどの娘が一人だった。なぜか謙也は、ほどほどの娘を選んだ。その娘の社員寮の電話番号を聞いて、初デートをした。

どこに行ったかさえ忘れたほど印象がない。二度目のデートで湘南に行き、夜藤沢の連れ込み旅館に泊まったことを覚えている。童貞をあっけなく終了した。彼女とて同じだったかもしれない。そんな中、次にデートしたのは同伴喫茶がだった。喫茶店の最上階3〜4階にカップル専用の喫茶店があった。どこが違うかというとカップル専用シートで背もたれの部分が異常に高く、他から見えないようになっていた。

このシステムは、金のない学生や社会人に便利この上ないもだった。その次のデートは、別れ話だった。見事に発展性のない関係を破棄したいという相手からのオファーを素直に受け入れた。別れとは、こんなに簡単なものかと笑ってしまうほど簡単だった。

しばらくすると、また彼女ができた。町田の駅前の喫茶店のオーナーの孫娘で、これまた、ほどほどの娘だった。大学が向ヶ丘遊園前だったので、毎日のように通った。なぜかスケッチブックを片手に交換ノートのようなことをしていた。車の免許もあったので、家の車を借りて、市営球場のベンチでデートなどをした。警官に職務質問をされたりしたが、それなりに楽しかった。

ある日、ラブホに連れて行こうとホテルの前を何周もして、決心がつかず、帰ったことがあった。何しろ、ラブホに入ったこともない初心者が、入れるところではなかった。何となく、その後、気まずくなってしまったので謙也は、彼女の勤めている喫茶店に行かず、自然消滅してしまった。交換ノートが謙也の手元にないのが残念な結果だった。

そんな疑似恋愛を経験して、ある娘と大恋愛をした。これぞ、大恋愛だったが、親の大反対で破局して、その友達と結婚するというとんでもない展開になった。結婚相手もほどほどの娘だった。年上だが、うまくいく訳もなく、12年で破局。今のそこそこの娘、優子と結婚した。まだ二十五歳だった。とてつもなく、遠回りをして幸せを掴んだ。もう三十五年の月日だすぎて行った。

なぜだか、謙也は、若気の至ではあるが、それがあっての自分だと振り返る。明石家さんまが歌っいた「幸せって何だっけ」は、作詞が関口 菊日出で、キッコーマンのCMに使われていた。このCMは2009年に放送されたそうだ。

しあわせって 何だっけ 何だっけ
ポンと生まれたシャボン玉
しあわせって 何だっけ 何だっけ
白いドレスとハネムーン

この曲は、悲哀や可笑しさが滲み出ている。コミックソングには、そんなペーソスが潜んでいる。幸せって、何だっけ何だっけと問い詰める必要もない。佐良直美の歌った「いいじゃないの幸せならば」に繋がる。幸せを味わう謙也であった。


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