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牛鍋で文明開花の音がする


中小法人等を対象とし医療法人、農業法人、NPO法人など、会社以外の法人についても幅広く対象に持続化給付金の申請が再度9月1日から始まった。

『感染症拡大により、営業自粛等により特に大きな影響を受ける事業者に対して、事業の継続を支え、再起の糧としていただくため、事業全般に広く使える給付金を給付します。』と中小企業庁のホームページに書いてある事を妻、友美が見つけた。

「あなた、これ、ウチの会社でも適応できそうよ。しかも、スマホから簡単に申請出来るらしいわ」
確かに、8月から契約が切れて、渡りに舟のような話だ。
「どうやって、やるんだ」と土呂隆が、妻に聞いた。この家には、隆名義のスマホが一台しか無い。息子も居るが、酔っ払って、朝帰りの日に、道路の側溝に落として、失くした。

妻が必死に探して、給付金専用のマイページを見つけた。実は、進んでいくうちに、やれ、銀行通帳のコピーやら確定申告のコピー、法人事業概要説明書など、多数の資料が必要だった。大概のこの手の話は、簡単だと言うが、大変な作業だ。

しかも隆の会社は目黒にあった。今年の決算前に移転したが、確定申告は祐天寺にある目黒税務署で行った。今年、初めて税理士を使わず、自分達で申告した。当然、税務署の職員の手を煩わせながら、申告までこぎつけた。結果、税理士代の十万円近い金が浮いた。

「良かったね。何とか出来た。君のお陰だよ」お世辞抜きに、妻の友美のお陰だ。隆は何もしない、いや、出来ない。今回の給付金に関しても、友美任せで進行している。

給付金の書類が不足していたため、急遽、中小企業庁のホームページからダウンロードして、2枚ほど書き加えて税務署にやってきた。事前に隆が、確認していたので、書類に受領印を押してもらって終了した。

「良かった。これで、写真を撮って、貼り付ければマイページの完成だ。後は、ポチッと送るだけだ。昼メシを食おう」と自分でやったかのように隆が、喜びながら言った。

「何処へ連れてってくれるの」
「そうだなぁ。横浜で美味しいものを食べよう。」
東横線で横浜まで戻る途中だから、隆の頭の中には、横浜ならここだと言う行ってみたい店があった。「ランチで二千円以下で食べられる店」のリストにもあった。横浜西口にある牛鍋の老舗、「荒井屋」がプロデュースする「アライヤ ネスト(ARAIYA NEST)」というデザイナーの名前みたいな新業態の店がある。ランチだけは、リーズナブルプライスで提供されている。

横浜西口にあるのだが、隠れ家と書かれていた通り、見つからない。埒があかないので、隆が店に直接電話した。
「松屋さんが前にあって、ラーメンの町田商店さんのお隣りに木のドアがありますので、そちらでございます」と女子スタッフの丁寧な電話のナビゲートで、やっと探し当てた2人だった。

明治創業の本店「新井屋」には、とても入れない。支店とはいえ、牛鍋には変わりはない。妻の友美は、ハンバーグをたのんだ。

「ハンバーグは、15分くらいかかります。この時、牛鍋もご一緒でよろしいでしょうか」
「それじゃあ、なんか飲もう。生ビールと、
どうする」
「じゃ、白ワインを」と珍しく友美もアルコールを飲んだ。

「予祝って言うらしいよ。あらかじめ祝うことよ。給付金が貰えると言う前提で飲むと、その通りになるらしいよ。」とポジティブに考えるのは、確かに気分が高揚すると隆も思った。

牛鍋とたまご、お新香、味噌汁、ご飯のセットとハンバーグ、お新香、味噌汁、ご飯のセットが運ばれて来た。

「塩コショウをかけただけのハンバーグだわ。美味しい。今度、いえで作ってみよう」
料理好きな妻を連れてくると、新たなメニューが加わる。
「あまりの美味しさに感動。牛鍋を汁まで完食してしまったよ」
本当に美味しいお肉を頂いた2人は、感動するばかりだった。

新井屋が創業したのは、文明開花が進んだ明治28年だった。文明開花は、文豪達の華やかな雰囲気を感ずる。

その雰囲気を受け継いで行きたいと隆は思った。新たに作家としての活動しようとしている。給付金を貰わなくて生きていける人間になりたいと思っている。

夜明けを待っている土呂隆であった。もう開ける筈だ。


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