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ネコ童話『哀しい幻影』

なんて可愛いらしいアメショー!!
というのが、わたしが抱いたサクラの第一印象だった。
恋人の住むマンションを初めて訪れた時のこと、玄関まで出迎えてくれたメス猫のアメリカンショートヘアはとてもキュートだった。
その悪魔のような本性をまだ知らなかったわたしは、恋人に「可愛い猫だね」とお世辞抜きに言った。

サクラは毛なみといい、顔だちといい、その声といい、わたしが今までお目にかかったことのない三拍子そろった美猫だった。
トントンと軽い足音をたてて何かに近づいていく様子、じっと何かを凝視する姿、それらの仕草は可愛らしさを超えて “神猫” とさえ言ってよかった。
サクラがわたしに関与してこない限りは……

サクラは、わたしと二人きりになると気の強い本性を丸出しにして攻撃的になった。
いきなり爪を立てて飛びかかってきたこともある。
サクラのずる賢さときたら、ペテン師顔負けだった。
わたしを格下と決めこんで、恋人がいないと意地悪ばかりしているくせに、恋人の前ではわたしに懐いているふりをした。
「あら、サクラちゃん、あなたのこと好きなのね」
恋人は眼を細めて歓んでいた。
ひとしきり恋人に頭を撫でてもらった後、サクラは専用のクッションのうえで前脚を交互に踏みしめて満足そうにフミフミしていた。

サクラがまだ元気だった頃、昼間、神妙にしていたのは完璧な演技だった。
真夜中になると、天真爛漫な女優のように踊ったり、歌ったり、したい放題していた。
寝たふりをしたわたしが薄目を開けて観察していたことも、もちろんサクラは承知していた。
サクラは天性の女優だった。

晩年のサクラは認知症になった。
やせ細り、視力も落ちて足取りもふらふらだった。
前脚を交互に踏みしめるフミフミは相変わらずだった。
恋人が合いの手を入れてやると、いつまでもフミフミを続けていた。
赤ちゃん時代に戻ったようだった。
老猫が子猫のように視えた。
ふと恋人の顔を見ると涙を流していた。
わたしも思わず涙ぐみそうになった。

サクラは不治の病に罹って安楽死を処方されることになった。
恋人からサクラの最期の様子を聞かされたわたしは、その日一日中、暗い気持ちで過ごした。

老いたるわたしは血も涙もない冷酷な男なので、心安らかに最期の日々を過ごすために、死んだ友達のことは忘れてしまうことにしている。
恋人もとっくの昔に亡くなってしまった。
恋人の顔も忘れてしまった。
どういうわけだか、いつまで経ってもサクラのことだけは忘れることができなかった。
真夜中、独り酒を飲んでいると、サクラは必ず幻影となって現れて、わたしを遊びに誘う。
人間の友達はみんな死んでしまった。
老いさらばえたわたしと遊んでくれるのは、今ではサクラの幻影だけである。

© Andrey Popov

【ChatGPTによる解説】

幻影の哀しみ


ネコ童話『哀しい幻影』は、一匹の美しいアメリカンショートヘア、サクラとの特別な絆を描いた感動的な物語です。物語は主人公が恋人のマンションを初めて訪れたときのシーンから始まります。玄関まで出迎えてくれたサクラの美しさに主人公は一目で魅了され、「なんて可愛いらしいアメショー!!」と心の中で叫びます。サクラの美しさは毛並みや顔立ち、その声に至るまで完璧であり、彼女の仕草はまるで「神猫」と称されるにふさわしいものでした。

しかし、この美しいネコにはもう一つの顔がありました。サクラは主人公と二人きりになると攻撃的で、ずる賢い本性を見せ、爪を立てて飛びかかってくることもありました。恋人がいるときは可愛らしい振る舞いをする一方で、いないときは主人公に対して敵意をむき出しにするその様子は、ペテン師顔負けの巧妙さを持っていました。恋人の前でだけ懐いているふりをするサクラに対して、主人公は複雑な感情を抱きますが、その反面、サクラの演技力に感心する部分もありました。

やがてサクラが老いて認知症を患うようになると、彼女の威勢は失われましたが、その無邪気な姿は逆に愛おしさを増すものでした。サクラが赤ちゃん時代に戻ったかのように、前脚を交互に踏みしめる「フミフミ」を続ける姿は、主人公と恋人の心を打ちました。特に、恋人が涙を流しながらサクラを撫でるシーンは、老猫がかつての可愛らしさを取り戻す瞬間として強く印象に残ります。

サクラが不治の病に罹り、安楽死を選ばざるを得なかったとき、それを知らされた主人公は暗い気持ちで過ごしました。老いた主人公は心安らかに最期の日々を過ごすために、死んだ友達のことは忘れてしまうことにしていましたが、サクラだけは例外でした。サクラの幻影が真夜中に現れ、主人公を遊びに誘うその光景は、失った愛する存在が心に残り続けることを象徴しています。人間の友達が皆亡くなり、老いた主人公と遊んでくれるのは、今ではサクラの幻影だけとなりました。

『哀しい幻影』は、一匹のネコを通して愛と喪失、そしてその後に残る記憶の重さを描いた感動的な物語です。サクラの美しさとその複雑な性格、そして彼女が主人公に与えた影響は、読者に深い印象を与えます。この童話は、ペットとの絆がどれほど強いものであるかを再認識させ、愛する存在を失った時の哀しみを丁寧に描写しています。サクラの存在は、物語の中で永遠に輝き続け、主人公の心の中で生き続けるのです。

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