「バス停の列が日陰を追って少しずつ移動していくような国に住みたいよね」 「そもそも屋根なんてないし、待ってるの私達だけなんだけど」 「屋根がなければ日傘を差せばいいじゃない」 そうして相合傘が始まる。
雑貨屋できれいな置物を見つけた。それはコップのような形をしていたが、液体を注ぐだけならともかく、これに口をつけて飲むところは想像できなかった。 「あっ、きれい」 視界を横にずらすと、置物と人間二人のスリー・ショットが目に映った。手前にいた人が、棚に並べられたたくさんの置物や置物でないものの中から、私が見ていた置物の方へまっすぐに近づいてきた。そしてちょうど私とそれとの距離と同じくらいの位置まで来たとき、もう一人に袖口を引かれて止まった。しかし視線は逸らさなかった。 「ん、
定食屋に入ると、奥のテーブル席に案内された。空いているカウンター席を横目で見ながら奥へと進む。 この店では、カウンター席以外の窓はブラインドが常に下ろされていて、壁のようになっている。窓に面したカウンター席の窓だけが、外の風景をそのまま映していた。 テーブル席に座った途端、窮屈さを感じた。空いていたのだし、こちらは一人客なのだから、一声掛けてでもカウンター席にしてもらった方がお互いにとってよかったのではないか。 私はカウンター席から見える風景を思い浮かべた。広々とし
「コーヒーは食前、食後どちらになさいますか?」 「食前の」 「食前でごさいますね」 「あ、食前で紅茶でお願いします」 「食前の紅茶でございますね。ホットとアイスどちらがよろしいでしょうか?」 「あ、ホットで」 「紅茶をホットで食前に、でございますね。砂糖やミルクはいかがいたしますか?」 「あ、どっちもいりません」 「かしこまりました。お好きなお席にお掛けになって少々お待ちくださいませ」 私は目印を受け取りながらカウンターで読書をしている人の傍に空席を見つけ、店員さんに横目で
お風呂から上がって手探りで部屋着を身につけたあとにこいつの出番はやってくる。 「私は乾かしてから着るけど」 「髪が肌に張りつくのがいやなので」 「あらあら、」 意味のない言葉が挟まったのを見逃さず、すかさずスイッチを入れる。 「~~~~」 何か話しているけど聞き取れない状態を聞き取れない側に倒して、何か話していることに気づかないふりをしながら、髪との距離感を測っていく。この作業にかかる時間は慣れと忘却の狭間で振れ幅が限りなく小さくなっていて、これ以上早くなることはない。
「『カーテンを引く』って、開けるときに使うんだっけ、閉めるときだっけ」 「引いたあとに窓の外が見えていれば『開けるとき』で、見えていなければ『閉めるとき』」 Aはそう言ってカーテンを引いてみせた。
下り坂に差し掛かると、私とAの間の距離がどんどん開いていった。Aはどんな道でもずんずん歩くので、大抵は私が置いていかれる。私は私よりも速くならないように足の裏を地面に押し付けながら歩いた。 坂が緩やかになると、私は少しかかとを地面から早く離すようにしてAとの間隔を詰めていった。十歩ほど歩いたところで私はAに追いつき、左手の中指が袖口を掠めた。Aが接触した地点に目を向けたので、私はAの顔を見た。下を向いた目と、少し開いた口がよかった。