ゴーストバスターズに置いていかれた(井沢)

ゴーストバスターズに置いていかれた。


「まだ早いと思って」
小さい手にとぼけた白い幽霊が赤いシートベルトをして両手を広げたようなゴーストバスターズのバッジが手渡された。人生初の缶バッジ。これを見た瞬間はまだ嬉しかった。

お正月の我が家には親戚が30人近く集まっていた。子供だけで7人。4歳の私は一番歳下だったけれど、姉や母と一緒になってお客さんにお茶を運んだり、おせちを盛り付けるお皿を出したり、箸置きを並べたり、親戚のおじさんに呼ばれれば膝に座りおひげじょりじょりをされたりしつつ、幼いなりに正月の台所のてんやわんやを手伝っていた。末っ子の行動原理として「お姉ちゃんに置いていかれたくない」は全てだ。お姉ちゃんのやるお手伝いは私もできる。お酒はすでに始まっており、女子供も食事の席に着く。テレビは箱根駅伝の復路を映している。

駅伝の中継が終わった頃だろうか。玄関から、姉と親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんたちが一斉に帰ってきた。その瞬間まで私以外の子供が家からいなくなっていたことにすら気付いていなかった。思いもよらず外から帰ってきた姉を不思議に思いながら「おかえり」と言うと、
「ただいま。これ、おみやげ」
と白いおばけのようなものが赤いシートベルトをして手を広げている絵柄の缶バッジをくれた。裏が針であぶないやつだ。でもくれるってことはもう針だいじょうぶなんだ。みんなと同じになった。おみやげくれたのうれしい。
「置いてってごめんね」
唐突に親戚のおばさんがそう言った。
「まだ小さいから映画館暗いし怖いと思って」
あやまられた。なんか知らんけどわるいことをされた。おいてかれた。みんなお姉さんだから「えいがかん」に行けたけど、私は小さいから一緒につれてってもらえなかった。同じじゃなかった。

謝られたということは相手が自分に対して負い目があるということは分かる。確かに4歳児は幼児向けでない105分の洋画を観に映画館に連れて行くには早い年齢だ。「えいがかん」どころか「えいが」がなにかわからないけど、先に言っておいてくれれば暗くてもこわくないし、声を出したらダメな場所だよって言っておいてくれれば静かにするのに、まだ小さいのが理由で置いてかれた。

悔しいという単語はまだ知らなかった。言語化できず、悔しさは泣くという行動に現れた。さっきまでお土産をもらって喜んでいた私の涙におばさんや姉が戸惑っていた。一瞬前までうれしかったバッジが悔しさの象徴に変わってしまった。一緒に行けたもん。置いていかなくてもいいじゃん。

缶バッジはその後、バービー人形の入っている「大事なもの入れ」の箱の中に入れこそしたが、簡単に目につかない奥底に沈み込ませた。お土産は嬉しかったけれど、その時の悔しさかぶり返すから見たくなかった。あなたは小さいから一緒には行けません。お姉さんと同じようにおてつだいもしてても違います。報われない。


数年が経ち、映画館に連れていってもらえるようになってようやくそのバッジをまともに見られるようになった。テレビでやっていたので『ゴーストバスターズ』も観れた。

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