ひとりの白(小夜子)

   はじめて喪服を着たのは十歳の夏だった。
 癌を患っていた祖父が夏の盛りに亡くなった。祖父は祖母とともに地方の山あいに居を構えていて、東京に住んでいるわたしたち家族と顔を合わせることは滅多になかった。なにかの折に対面しても、人見知りのきらいがあったわたしは微笑む祖父をまえにして、言葉少なにただモジモジしているばかりだったことを覚えている。
 祖父に会うために乗り込んだ飛行機の二時間弱のフライトに退屈しだしたわたしは、買い与えられた菓子を手のひらに乗せて並べながら、祖父が死んだということについて漠然と考えはじめた。
(おじいちゃん死んじゃった。病気で死んじゃった。……でも、死ぬってなんだろうか? ひとは死んだらどうなるんだ?)
どれだけ考えてもわからなかった。
「ねえ、ひとは死んだらどうなるの」
わたしは隣に座っている母に尋ねた。
母は黙ってなにも答えなかった。

 そうしてひさびさに会った祖父は白い布をかぶせられ、布団に横になっていた。祖母がその布をめくってみせると、布よりも白い顔の祖父が目を瞑ってじっと黙っている。なんだ寝てるだけみたいだなあ。そう思いながらも、見知った祖父とはちがうなにかにも見えて、その存在はひどく不気味だった。
 遠巻きにそんな祖父を眺めていたわたしはそのうち母に促された。「おじいちゃんに挨拶しなさい」
 わたしは横たわる祖父ににじり寄り、あらわになった痩せた頬におそるおそる触れてみた。
ぞっとするような冷たさだった。

 それからしばらくして、黒を着たひとびとが祖父のもとへ次々にやってきた。わたしも黒を着せられて、おおきな会場で、たくさんのすすり泣く黒でひとつの祖父を見送った。
 祖父は白い顔からそのうち白い骨になり、やがて呆気なくばきばき砕かれながら白い箱に収まった。
 あっという間の出来事に言葉もなかったわたしに、祖父を抱えた祖母が一言
「おじいちゃんのお骨、真っ白で綺麗だったでしょう」
 そう囁いて祖父を手渡した。
 白い箱になったちいさい祖父を、炎天で熱を帯びた喪服の膝に抱えてわたしは、ああ白になるのか。そう思った。<了>

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