イタリアンハンバーグ(哲ロマ)

独り暮らしの男は何を考えているか。

そう、独り暮らしの男は強火で炒める事を考えている。

チャーハンをパラッパラにする強火、野菜炒めをべちゃべちゃにしない強火、鍋肌に醤油がはじけ香ばしく香る強火、強火で炒める事に取り憑かれている。
弱火でじっくり煮込んでいる暇はない、中火なんて無難な火は使わない、一か八かの強火、独り暮らしの男は強火で炒める、それだけを考えている。

ハンバーグを作りたくなったことがある。

いつだったか、休みの日、ハンバーグを作りたくなった私は、ハンバーグを作るために必要な食材をスーパーへ買いに出かけた。

挽肉、玉ねぎ、卵、こねたい。こねてこねて、こねくりまわしたい。
ぱんぱんぱんぱん!あの右手から左手、左手から右手にぱんぱんぱんぱん!投げる、たしか空気を抜くとかいうあの工程、あれをやりたい。
ソースにだってこだわりたい、知っている、ハンバーグを焼いた後の肉汁にいろいろといい感じに混ぜて、少しだけいい感じにぐつぐつとさせて、いい感じのソースを作るのだというのを知っている、あれがやりたい。
そしてチーズだ、とろけるチーズを買うのだ、どのタイミングか分からないが焼いているハンバーグに、もう熱々だってのに、寒くないってのに、優しく毛布をかけてあげるかのように、そっと、とろけるチーズをそっと置きとろ~りとろけさせる、そう!イタリアンハンバーグってやつだコノヤロー!たまんねぇな!
スーパーでハンバーグへの欲求を最大限に高めた私は、はいり、はいりふれ、はいりほー、食材を振り回し、野良猫やアスファルトに咲く花に声をかけながらゴキゲンで帰宅し、それらの食材を全部、強火で炒めた。

おそろしい…
あんなにもハンバーグへの想いが高まったにもかかわらず、こねもせず、ぱんぱんぱんぱんせず、ぐつぐつせず、全部強火で炒めた。
めんどくさくなったというネガティヴな理由ではなく、強火で炒めたらうまそうだ!強火で炒めるしかないじゃないか!強火で炒めよう!炒めよう強火で!と、急に閃き、頭に血が上り、カッとなり犯行に及んだ。
挽肉、テキトーに切った玉ねぎ、卵、だけでは飽き足らず、あろうことか炊き立てご飯までぶっ込み、塩だのコショウだのをかけ、鍋肌に醤油を垂らし、じゃじゅわわわああああ!と強火で炒め、一応せっかくだしと、とろけるチーズをのっけて、皿に盛り、完成。
こうして、強火で炒める事に取り憑かれた独り暮らしの男による、限りなくチャーハンに近いイタリアンハンバーグが出来上がった。
ボーノ!ヴォーノ!!ツヨヴィ!!!

独り暮らしの男が強火で炒める事に取り憑かれる理由として「うまそう」「火が見たい」「ミックスもやしの野菜炒めしか自炊が思い付かない」という三つ以外に「菌、殺してそう」というのがある。
コレ、大丈夫かな?と少し不安になるぐらい日が経ってしまった食材も強火でじゃじゅわわわああああ!と炒めれば、そのじゃじゅわわわああああ!度が強ければ強いほど「菌、死んでる感」が増し、炒めてる側も「菌、殺してる感」が高まり、普段秘めていた自分の知らない残虐性が顔を出し、嬉々として鍋を振り、日が経ってしまった食材達をこれでもかと強火で炒めるのである。おそらく半笑いで。おそろしい。

だいたい私は、普段から「弱」「中」「強」なら「中」を選ぶ、「良い」「ふつう」「悪い」なら「ふつう」を選ぶ、「非常に満足」「やや満足」「どちらともいえない」「やや不満」「非常に不満」なら、角が立たないように「やや満足」を選ぶ。
そんな感じで普段から無難な選択しかしない男なのだが、唯一、炒める事に関しては迷わず「強火」を選ぶ、炒める時にだけワイルドな男になる、一か八かの勝負に出る、果たして強火で炒めている時の自分が本当の自分なのだろうか、IHクッキングヒーターでは本当の自分は出せないのだろうか。
なんとなく強火で炒める事を人生に置き換えて、最終的にいい話した感じで締めようかと思ったが無理っぽいのでやめる。
とにかく、そんなわけで、独り暮らしの男は強火で炒める事を考えている。それだけを考えている。あ、あとパチンコの事も考えている。強火で炒める事とパチンコの事だけを考えている。ひどいな。要するに、まとめると、独り暮らしの男は「CR 強火で炒める」の事だけを考えている。なんだこれ。

じゃじゅわわわああああ!


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