あだちだ。あだちが来た。(義ん母)

「自分を信用していない人が、誰かに信用されるはずないじゃない!」
いつもの如く高田馬場の10度カフェにて作業に打ち込んでいたが どうにも頭ん中で『タッチ』の南ちゃんが、やたらと俺に説教してくる。
新体操で全国に行ったかどうか知らないが、少なくとも俺は年上である。
少しは敬語を使って欲しいものだ。
いや、それ以上に、初対面だ。初対面の年上の首ねっこ捕まえて、いきなり「後に転機となった言葉」っぽいものを投げかけてくるとは業腹極まりない。
然し返答に窮している内に南ちゃんは眼に涙を浮かべて
「知らない!たっちゃんの馬鹿!」と言って早々に立ち去ってしまった。
誤解だ、南ちゃん。俺はたっちゃんじゃない。一体、南ちゃんはどうしたというのか。
俺とたっちゃんと見間違えるなんて実は光を喪っていたあの監督じゃないか。
いくらあだち充がキャラクターの描き分けが出来ないからといって、南ちゃんとあのグラサンの描き分けすらできなくなってしまったというのか。痛い。何だ、急に。あだちだ。あだちが来た。ふいに脳にあだち充が現れた。それでいて例の巨大な筆先で俺の眼球を内側からつついてきやがる。すごく嫌な顔している。何が言いたい。どうやら「そんくらい描き分け出来るっちゃ」と言いたいらしい。何故、ラムちゃん口調だったのかは知らない。だとすれば答えは一つ。俺はたっちゃんだったのだ。これで辻褄が合う。
さて、辻褄が合ったところで困ったところだ。
確かに俺は今、自分自身を信用していない。何しろ昨日、床に就く直前に
「僕は世界中の誰より5時に起きて昼の会議に向け資料製作をします」
かくも明日の自分に確約して、眠りに就いたは良いが、床から起き上がれば既に午前11時。目覚ましを止めた記憶がない。そして、ここにきて南ちゃんの登場。これはつまるところ、目覚ましを止めたのは紛れもなく俺であって、それ以外は今まで全て上杉達也だったということだ。思えば昨日の「僕は~」はどう考えても「明日早く起きたい上杉達也」ではないか。いつの間に入れ替わってしまったというのか。
どの窓口に問い合わせれば良いのだ。
そんなことより、時間が無い。何しろ俺が俺であろうと上杉達也だろうと、締切は待ってくれない。そして間もなく会議である。
痛い。あだち。やめろ。突くな。違う。あだちではなかった。
ただの胃痛だ。上杉達也になりきって何とか現実より逃げ切らんとしていたのに、もう目の前には現実しかなくなってしまった。南ちゃん、助けてくれ。最悪、音読みしてナンちゃんで良いから助けてくれ。駄目だ。ナンチャンは今、ヒルナンデスのスタンバイだ。タッチ、タッチ、誰か代わっての意味での、タッチ。


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