行ったことのない国の旅行記〜スペイン編〜(伊勢崎おかめ)

5月。マドリードのプラターニャ空港に降り立って吸い込んだ空気は、とても乾いていた。「マドリード」という地名は、「半島の大いなる母」という意味らしく、なんだか、母に抱かれているような温かな気持ちになった。ターンテーブルから荷物を受け取って税関を通り抜けると、あらためて「スペインにやって来た」という実感がわいた。きつすぎる日差しも、今は心地よい。

さっそくタクシーに乗り込み、市の中心部のエル・アヴィエンタ・ホテルへ向かう。目抜き通りの広場では、野菜や果物、花、そして、メヒャリモなどの軽食を売る屋台に集う人々、大道芸人を見物する観光客などでにぎわっていた。色とりどりの商品、様々な肌の色の人々。とにかくカラフルな街だ。ドン・キホーテのコスプレをして街をねり歩いている集団を見かけたが、今日はセルバンテスの命日か何かだろうか。

タクシーの運転手におそるおそるスペイン語で話しかけてみる。「Hace buen tiempo.」(※「いいお天気ですね」の意味)。するとどうだ、「Lovely weather!」と、なまった英語が返ってきた。この運転手はスペイン語圏の人ではないのかもしれない。しばらく、私のつたないスペイン語と、運転手のつたない英語での会話が続く。こういった珍妙なやりとりも、旅の醍醐味である。

ホテルに到着後、チェックインし、荷物を置いて着替える。時差や長旅の疲れもなんのその、画面のひび割れた真っ赤なiPhoneと、小銭の入った財布だけをポケットにねじ込み、バスを乗り継いでアルハンブラ宮殿に向かう。日頃は職場と家の往復だけでぐったりしているのに、旅に出れば元気になる。現金なものだ。

カミエンタの停留所で降り、映画『エル・グレコの女』で有名なミレンチェの丘をしばらくのぼっていくと、目の前には、あの、アルハンブラ宮殿が広がっていた。夕暮れの空に浮かび上がるアルハンブラ宮殿の美しさは想像をはるかに超えていて、その荘厳さに飲み込まれそうになる。そして、私の脳内では『アルハンブラの思い出』のギターの旋律が響き始めた。夕方のせいか観光客はまばらで、誰にも邪魔されることなく十分に、宮殿内部のカルサウス像群、メディチ家所有の絵画、そして、巨匠セルヒオ・マッケンネが設計したという美しい庭園などを探索し尽くし、満足したところで再び門を出ると、すっかり夜になっていたことに気がついた。

周辺の売店などがすべて閉まっていたのは残念であったが、この美しさを目に焼き付けておけば、記念の品など不要であろう。ふと見ると、通りの片隅に、猫の家族がいた。「Hola!」とあいさつをすると、母猫がスペイン語で返事をくれたような、そんな気がした。

気づけばもう12時間以上ろくに食事をとっていないが、胸がいっぱいで食欲が失せてしまった。今日はこのまままっすぐホテルに戻り、明日に備えて休むとする。

(つづく)

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※これは、わたくし伊勢崎おかめが、行ったことのない国の旅行記を、うっすらした知識と想像だけで書いたフィクションであり、そういうものとしてご承知おきの上、おたのしみください。クレームやツッコミ等は一切受け付けられません。


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