彷徨いの新大阪(吉田髑髏)

お土産物コーナーを5周回って八ツ橋の前で立ち止まる。僕が京都在住でここが京都だったら躊躇せずに手に取るだろうがそうはいかない。僕は大阪在住でここは新大阪なのだ。アイデンティティーを試すために大量に積まれているとしか思えない。実際、ここで八ツ橋を手に取る人は関西弁ではない。


ため息を一つこぼし、川砂利をさらって砂金を探す眼光で6周目へと歩を進める。
期待を裏切らない手土産は何処だ。
大阪は食い倒れの街、美味しいものとお笑いで構築されていると関西圏外から認知されている。が、これといった定番の手土産がないのだ。

うんざりなのだ。付け焼き刃的なたこ焼き『味』のお菓子を持って行った時の、パッとしない表情を見る辛さが。「違う!たこ焼きはもっと美味いねん!これは関西風ソース味やねん!」と心の中で言い訳している虚しさが。八ツ橋は違う。八ツ橋『味』ではない。存在そのものが八ツ橋。流石観光都市、京都=八ツ橋のイメージ戦略の狡猾さよ。

6周目も徒労に終わり、時計を見る。あと15分。いつもの場所へ向かって、新幹線のホームへ。
生暖かい紙袋と豚まんの匂いを引き連れて。

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