愛ゴリラ(昼行灯)

 駐めておいたゴリラが居ない。

 おそらく、駐ゴリラ違反を取られ、レッカーされてしまったのだろう。フックを差し込まれ、引きずられていく我が愛ゴリラの姿を想像するだけで、悲しく申し訳ない気持ちになった。私さえ尿意に襲われなければ、こんな事にはならなかったのに。

 もし許されるなら、私の愛ゴリラは、心優しい女性警察官に手を取られ移動したのだと想像したい。

 彼女は、森で生まれ、自然を畏怖し、共に育った女性である。その生い立ちから、あらゆる動物たちと心を通い合わせることができるようになった。そして、その能力を買われ、我が街の警察署にスカウトされたのだ!森林生活の名残ある露出度の高いオリジナル制服は当初、署内で様々な批判に遭う。が、次々と積み上げられていく彼女の実績が、やがてそれらを黙らせていく。今では多くの仲間、理解者のいる立派な署の一員だ!そして今日も、誰のためでもない黄金色の髪を煌めかせて、彼女はさっそうと駐ゴリラ違反を取り締まりに街へと飛び出すのである。

 ・・・。

 しかし、この女性警察官の存在は私の妄想だ。いくら待っても、彼女の相棒である口の悪い九官鳥が納付書を咥え、やって来る事はない。私は、現実の法に則って罰金を支払い、愛ゴリラの引き取りをするしかない。

 だが、この場合、私は元気な愛ゴリラと間を置かず再会できるだけ幸せだ。

 もし、私がサイドブレーキをかけ忘れていたとしたら・・・?今頃は坂の下で大惨事が起きているだろう。突き当りにあるコンビニの雑誌コーナーは滅茶苦茶だ。ガラスは割れ、棚はひん曲がって押し倒され、中学生男子が覗き込むはずだった袋とじもズタズタ。バイトは叫び、人だかりができ、サイレンの音が・・・、聞こえない。

 そうだ。そうなのだ。やはり、私はサイドブレーキを忘れず引いておいたのだ。自身の不注意で我が愛ゴリラに大怪我をさせた。そんな最悪の事態は避けられたようだ。

 ・・・最悪の事態?最悪の事態とすれば、また別の可能性があるではないか。

 ゴリラが、自ら居なくなった場合である。

 何のために?愛し合っていると思っていたのは、私の一方的な思い込みだった?いや、そんなことはあるまい。今朝だって、エンジンをかけた時に機嫌よくドラミングしてくれたではないか。

 「今日はこんなに調子がいいですよ」

 「どんなに遠くまでだって走れます」

 「ゴリラの最高時速は40キロです」

 「グリーンイグアナより5キロも速いんですよ」

 と、豆知識まで添えてくれた。そんなゴリラが、私を嫌っていたとは思えない。

 ならば、なぜ一人で?

 私の頭に、ある小説が思い浮かんでしまった・・・。エドガー・アラン・ポーの「●●●●●●●」である。この小説で描かれた殺人の犯人は、オランウータンであった。オランウータンが殺人を犯すなら、ゴリラだって・・・。私の知らない間に、誰かを恨むようになって・・・。

 私は、慌てて警察に電話を掛けた。そして、電話口に出た警官に、早口で自分の氏名と愛ゴリラのナンバーを伝える。

 「こ、この近くで、さつじ・・・ゴリラによる殺人は報告されてませんか!?」

 すっかり取り乱している私に、相手はとても丁寧に駐ゴリラ禁止違反者がとるべき行動を案内してくれた。

 数十分後、私はとても幸せな気分で罰金を支払った。


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