ライフをガード(いなずま)

ふしだらな。またコラボしてんのか。こうも毎度毎度瘡蓋トカゲみたいなのとコラボしてもらっちゃさ、プレーンだった頃のあのパッケージをもう忘れそうだよ。モンハンってのが好きな輩なら喜んで買うんだろうがな、こちとらただただ、ただのふつうのドデカミンが飲みたいだけなんだよ。
アサヒ飲料は、ドデカミン好きはみんなモンハンが好きだと思ってんのか、ちがうよな。モンハンユーザーもドデカ民(ドデカミンを贔屓にしている市井の人々)に仕立てあげようといった魂胆だろうがな、それじゃあモンハンになんの興味が無いドデカ民をないがしろにしてしまうってことにならねえのかい?おれは警鐘を鳴らす意味でこんなドデカミン買わないよ。どうだ。
スクランブル交差点でも、斜めに渡ったほうが早く着くと知ってても、それはスクランブル交差点の思う壺だ、と遠回りになってもいいから真向かいに直進する人間だぞおれは。世間のたくらみに従順してやるつもりはない。
最近は昼休憩にきまって100円ローソンの飲料水コーナーの前で立ち止まり、悪態をつくのが日課になってきた。これはたぶんドデカミンを出荷しているアサヒ飲料がモンハンコラボをやめるその日まで続く。
ついでに、レジ脇の焼き芋って誰に需要があるんだ?と表へ出る頃には忘れているような疑問を一瞬頭によぎらせることも欠かさない。よぎらせるだけじゃ飽きたらず実際に口にしていることもあるかもしれない。それについての自覚はない。

ドデカミンの代わりといっては心許ないが、妥協のライフガードと大好きなうずまきデニッシュ、携帯ラジオに入れる単3電池、それらの入ったビニール袋と共に表へ出る。
レジ脇の焼き芋需要についてのことなど勿論忘れて、現場に戻る帰りしな、行きにも見かけた候補者のおじさんがまだ街頭演説を続けている。おじさんと言ってもおれと同い年ぐらいだ。
その候補者のおじさんはひっくり返した黄色のビールかごの上に乗って、リニア開発についてのなにかしらを拡声器を使わずのたまいている。

「大したもんだ、ビールかごをお立ち台に選んだことで庶民性をアピールできるもんな、地域に根ざしとりますよ、密着型ですよ、みたいにさ。ほんでそのビールかごの汚れ具合がしつこければしつこいほど、大声を張り上げる自分の健気さも演出できるもんな。ビールかごの中でも特に汚いやつを選んできたんだろな。スピーカーも使ってないみたいだし。そりゃ健気だ。そこまでへりくだりが過ぎれば、もはや白々しくなっちゃわないかねえ。青になったからもう行きますわ」

現場からほんの少し歩いた先の角を曲がると、あっというまにセブン-イレブンがあるのだが、先月から現場から一直線先にある100円ローソンに通っている。
距離的にいえばこちらのほうが信号を3つも越えないといけないのでセブン-イレブンよりもすこぶる遠い。
いつもこの往復だけで昼休憩が終わる。
いや、昼休憩を基本的にいつも10分程オーバーしてしまっている。
行きに3回、帰りに3回と、赤信号全てに捕まった時なんて30分も遅刻したことがあった。

おれは貧乏だ、とはいえ余所から無心してくるほどに凋落しているわけではないし、倹約家というわけでもない。本当はまた、かつてのように毎昼毎昼セブン-イレブンでブリトーと炭酸水、ブラックサンダーのイカした三点セットを買いたい。

そう。かつては、先月までは、現場から最寄りのセブン-イレブンに通っていたのだ。
あの角でトイプードルとその飼主の女に出くわすことがなければ、このおれの、この、もともと病める、この自意識にいっそうの影がさすことはなかった。
そしていまはもう背後に遠ざかる候補者のおじさんを、あんな風に愚弄することもなかったし、おれが現場に遅刻して戻ってくる度に後ろからふくらはぎを蹴ってくる18歳年下の現場監督の北田さんを怒らせることもなかった。

先月のこと、おれは昼時の恒例、セブン-イレブンに向かっていた。店内に入る前からいい気分でだ。
今日もセブンイレブン前でブリトーを炭酸水で流し込んでやるぞ。そうだ、今日は片手を腰においてカッコ良く喰ってやる、と近々に叶うはずの未来を夢想しながら歩みを進めていた。
当のその角が近づいてきて、同じく当のトイプードルも現れた。
まずあれは、非常に可愛いトイプードルだったそう、非常に可愛いかったから・・・。

おれは歩みを緩め、角から現れたトイプードルだけに投げかけるといった態をなす「かわいいねえ」を、トイプードルの首輪から後ろに伸びるリードの先にいた飼い主の女にも聞こえるように言った。
その「かわいいねえ」が独り言に堕ちる危惧からおれはそうしたはずだ。
大袈裟な女優帽、大袈裟なでっけえグラサンをかけた飼い主の女は、腰から上をさっきに置き忘れてきたみたいに引き、完全に仰け反ってる姿勢。つまり、ドン引きをしていた。
飼い主の女のその態度に相反してこちらに興味を寄せ、おれの足元を嗅ぎに駆けてきたトイプードル。
若干たわんでいたはずのリードもピンと張り詰め直線となっていたのを克明に憶えている。

ねえ、なぜだ。飼い主の女よ、あんたが連れてるそのかわいいトイプードルが「かわいいねえ」と、すれ違う誰かしらからも称揚されないであろうと思ったまんまで表を出歩いてたのか?トイプードルの可愛さをみくびった故に起きた不測の事態にドンの引きをしたのか?
それとも、トイプードルが「どうも」と返事をするものだと本気で信じて「かわいいねえ」とトイプードルに直接挨拶をしたイカれたおじさんを目の当たりにしたと思ってドン引きをしたのか?
おい、おれはまだイカれたおじさんじゃないぞ。
まいったね伝わってなかったのかな、おれのあの「かわいいねえ」は、トイプードルからの応答は見込めないと知ったうえでの、「かわいいねえ」なんだよ、つまり間接的に女の飼い主のあんたに「かわいいですねえ」と同意を求めた「かわいいねえ」だったんだよバカが。あそこはあんたが気を使ってトイプードルに代わって「どうも」とおれに答えるところだろ。
ええ、もうなんとなくわかってるよ。おれが純粋に気持ち悪かっただけだったんだろ、故のドン引きしたっつうこったな、はい了解です。セブン-イレブンクソみてえな気分。

おれはその一件以来あそこのセブン-イレブンには行ってない、あの通りをあのペアが散歩コースにしてしまってる可能性があるからだ、万が一またバッタリ遭遇なんてことがあればこのPTSDが悪化して次回はいよいよイカれたおじさんとして本格デビューってことになり得るかもしれないからだ。
それにあの角には、まだおれの宛先不明の「かわいいねえ」が宙に浮いてる状態にある。

「おーい!おい!」
「!」
「おーい!!!!」
「!!!」
「おい!!おっさん!また遅れてんだろ!作業始まってんだよ!なにブツブツ言いながらチンタラ歩いてんだ走ってこいよ!!」
「!はあ、はあっはあ、はあはあ、北田さん、はあ、すいません。」
「息切れアピールはいいから、おっさんおまえさあ、またむこうの100円ローソン行ってきたのか?バカなのか?いっつもすぐそこのセブン行けっつってんじゃんか」
「はあっはあ100円ローんソン、はあっ、が好きなんで、はあ」
「ローんソンってなんだ気持ちわりいな。んで何買ったんだ?お?パンと、これは、ハハハハ!!!ウケるな、ライフガード!おっさん!」

ライフガードのなにがそれほどツボだったのか、北田さんは一人ウケながらおれのふくらはぎを、遅刻した20分になぞらえて20回蹴った。「喰う時間なんかもうねーからはやくパンとライフガードしまって作業にもどれ」

制裁を受け終えたそのふらついた両足で、作業現場そばの植え込みに置いていたリュックに膝をついて近づき、リュックのサイドについているメッシュのドリンクホルダーにライフガードを差し込んだ。
それを眺めていた北田さんは、ドリンクホルダーに入った状態のライフガードもなんだかツボらしく、おれとライフガードを交互に指差しながらずっと笑っていた。
なんだかここは自分も笑わないといけない気がして笑ってみたら、遅刻した分際が笑うなと、まだ地面に膝をついてる状態のおれをむこうに押しこむように蹴ってきた。
近くに掴まれるものがなかったので咄嗟に自分のリュックにしがみついて、共に倒れこんだ。
空いてたリュックの口から、黒飴やラジオ、三色ボールペンが飛び出て散らばった。

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