100人乗っても大丈夫(伊勢崎おかめ)

大学を出て、某商社に入社した。配属された部署は、建築・建設関係だった。本当は就きたい職業があったが、超就職氷河期であったため就活が思うようにいかず、投げやりな気持ちになりかけていたときに採用してもらえた商社だった。正直、「名前を聞いたことのある会社だし、入社できればもうどこでもいい」という気持ちだった。だから、商社に入って何がしたいとも、どの部署に入りたい、というものがなかった。

入社2年目の冬、取引先のI製作所の研修に参加させられた。「やっぱり〇ナバ、100人乗っても大丈夫」の、あのイ〇バ物置でおなじみのI製作所である。私は一般職だし、部署でI社の製品ばっかり扱っているわけではないのだが、「電話でお客様から問い合わせがあった時に答えられないといけないから、勉強してきなさい」との部長命令で、なかば無理矢理参加させられた。

研修は、愛知県の某市にある工場で行われた。参加者は、全国のI社製品取扱商社や販売代理店の人などだった。社員らから物置についての説明を受け、物置を組み立てるところを見せてもらったあと、研修参加者を数チームにわけ、実際に物置を組み立てさせてもらった。

全ての研修課程を終え、「参加者みんなで記念撮影をしよう」ということになった。そして、「ガレーディア」というモデルのガレージの上に乗るように指示があった。そして、ここにいる研修参加者が100人ほど。もしかして…?ということは…?とそこへ、どこかで見たことのある男性が歩いて来る。社長である。テレビやカタログでしか見たことのなかった、あのI社の社長がいるではないか。社長というと偉そうなおじさんというイメージであるが、I社長は、とてもにこやかで優しそうだった。

衿字に「イナ〇物置」と書かれたはっぴを着せられ、はしごを使ってガレーディアの上にのぼる。そんなに高くはないが、その高さに少し恐怖を感じていると、最前列に座るよう社員に指示された。座って脚をぷらぷらさせながら、全員がガレーディアにのぼり終えるのを同期の女Mと雑談しながら待っていると、「ちょっといいかな?」と頭の上で声がする。振り返ると社長であった。私とMの間に社長が座り、撮影が始まった。

その時撮影した写真はテレホンカードにされ、後日、配布された。今でもそのテレホンカードは、一度も使用することなく、大切にしまっている。

ちなみに、実際に何人、ガレーディアの上に乗っているのかを確認すべく、テレホンカードを拡大コピーして人数を数えてみたところ、98人であった。むろん、あと2人誰かが乗ったところで、ガレーディアはびくともしまい。だって、「やっぱりイナバ、100人乗っても大丈夫」なのだから。


文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。