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恐怖仮面(55)

 看板を見て、私は驚いた。映画は、あの蒲田の帝都映画が制作したものだった。そして、主演は、あの川瀬絹代だったのだ。
 タイトルは「女社長奮戦記」。チラシを見ると、小さな洋服店を日本一の店にしようと、主人公である亜理沙という女性が奮戦する話だ。
 元々服飾業界をベースにした、明るい喜劇タッチの筋書きが受けて、人気の映画だったらしいが、主演女優の突然の死という話題性により、更に大人気の作品になっていた。立ち見こそ出ていなかったが、館内の席は満席であった。
 私たちは、映画を見終わって、近くにあるカフェで腰を落ち着けた。
 「栄吉が言ったことは、なんとなく納得がいったよ。僕はね、結構暇なときは暇なので、川瀬絹代の映画も、これで見るのは三本目なんだ。もちろん、台詞のある場面は、いつものあの人のハキハキした感じなんだが、ふとした何気ない場面で、目が虚ろになる瞬間があった。これは、前に見た映画にはなかった点だね」と、虎次郎は言ってコーヒーを飲んだ。
 「監督は、そんな表情で、よくOKを出したね」と、私が聞くと、
 「あの映画の監督は絹代と組むのは初めてだったらしいし、女性がなんとなく虚ろな目をしているのは、それはそれで魅力的だからね。特にその場面が、恋人を思う場面であったり、洋服の意匠を考える場面だったから、栄吉の話を聞いていなければ、僕も見逃していただろう」と、虎次郎は答えた。

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