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恐怖仮面(54)

 「あ、探偵さん、これ、参考になるかどうか、分からないんだけどね。あいつ、なんかこのごろ明るくなってたって言ったじゃないですか…でも、自然な明るさじゃなかったような気がするんです。なんか不自然、というか、違和感というかね。昔、浅草で『催眠術』の見世物を見たことがあったんですが、それの、術をかけられている人間の表情に似てました…」と、栄吉は付け加えた。
 それから、場は、次第にたわいもない話に傾き、私たちの接見は終わった。
 浅草署を出て、虎次郎と私は晩秋の町を歩いた。モガやモボたちのいでたちも、なんとなく冬が近いことを暗示していた。空気は冷たく、澄んでいた。
 「絹代さんは、何かの秘密クラブ、もしくは、怪しい宗教なんかに、入っていたのかな?」と、私は虎次郎に言った。
 「そういう可能性もあるね。組織的な何かがなければ、化学工業の会社を、まるごと隠れ蓑には出来ないしね」と、彼は答えた。
 やがて、派手な看板の映画館が目に入った。
 「あ、喜劇映画が掛かってるね。頭を空っぽにしたいから、僕は見るよ。君も見るかい?」と、虎次郎が誘うので、私たちは映画館に入ることにした。

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