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地方文学賞の賞金で文芸同人誌をつくる(最終回)

『巣』が連れていってくれたところ  なかむら あゆみ

 5月中旬、年賀状が届きました。いや、「書き損じの年賀ハガキ」と言った方がいいかもしれません。差出人は糖尿病の治療を受けながら施設で暮らす義母。年賀状は出さない人だから「誰にこのハガキ貰ったんやろ?」と思いながら裏返すと、(誰かが書いた)「あけましておめでとうございます」の上にためらうことなく引かれた三重線。その横に丸い先の鉛筆で書いた義母の字がありました。「りんご、乳ぼーろ、ぎゅうにゅう、うぐいすボール、みっくちゅじゅーちゅ。お願いします。みんな元気ですか?」乳ぼーろの「乳」に「ちち」とフリガナを振っているのがお義母さんっぽい。滅多にない義母からの手紙。「ねえ、ちちぼーろだけでも持っていってあげよう」と夫に提案すると、「んー、食事の管理で数値も良くなってきてるし、あかんやろ」の返事。「そうやな。けど、あんまり我慢させたら前みたいに……」堪えきれず吹き出した。数か月前、義母は入院していた病院から脱走して、プッチンプリンをスーパーで買い食いしているところを病院の職員に見つかり連れ戻される騒動を起こしたのだけれど、その時の義母のあっけらかんとした様子が目に浮かんだのでした。
 これは何度も話しているのですが、阿波しらさぎ文学賞受賞作「空気」の主人公・ふく(焼き場の空気をペットボトルに入れ娘に送る女性)のモデルは義母で、実際に義父も二年前に肺ガンで亡くなっているので、あの物語は義父母の存在がなければ生まれなかったし、さらに言えば、大賞を受賞して、その受賞金で『巣』を作ることもできなかったわけです。そんなこともあって、連載最終回となる今回はあるがままに今も鳴門で生きている義母のことを最初に書きました。さて、隔月ペースで1年近く連載したこのエッセイも今回がラスト。もうすぐ「阿波しらさぎ文学賞」の今年の受賞者も決定して、私は歴代の受賞者になるわけです。昨年の授賞式翌日の夜、具体的なことが何にも決まっていないのにこんな呟きをして……。何だかいろいろなことを経験したおかげで、あっという間でした。

 今回は、『巣』を作ったおかげで、いろいろな人や場所と繋がることができたこと、経験できたことを中心にお話しますね。どうか最後までお付き合いください。 

5月13日
 小説家の倉数茂さんからお声がけがあり、倉数さんが指導されている東海大学文芸創作学科で授業をする機会がありました。新人作家や批評家が自作のことや好きな作品について語るという企画なのですが、私の場合、文芸同人誌を作ったりしているスタンスが学生さんたちの刺激になるのではという理由からお誘いいただきました。依頼された時は「私に務まるのか?」と少し気後れしましたが、文学を学んでいる学生さんたちと、作品のことや小説を書くことについて対話ができるなんて滅多にない機会だと引き受けることにしました。東京の大学ですからもちろん遠隔授業です。自宅だからそれほど緊張しないかなと思っていたのですが、実際にはZoom自体に慣れていないし、参加してくれたおよそ30人の生徒さんたちはほとんどカメラを切って授業を受けていたので、表情を確認しながら話すことができず、伝わっているかどうか始めは不安で冷や汗をかきました。結果的には、倉数さんと作品発表・発信の拡がりや可能性など、興味深い話をさせてもらったり、学生さんたちと繋がりを感じながらのやり取りもでき、ひと安心でした。
 授業では、せっかく呼んでいただけたので、私だからこそ話せることを聞いてもらいました。小説を書けるようになるまですごく時間が掛かったこと(43歳で初めて書けた)や、社会人経験を経て書き始めたことが自分にとっては良かったことなどです。私が学生の時は、「創作したい」という思いばかりで、実際には未完成の作品が増えるだけでした。才能なしと自分で見切りをつけ、社会人として働き始めてからはいわゆる「様々な経験」をしたのですが、そのほとんどは振りかえるのもつらく、しんどいことばかりで、感受性を育てるようなことをした覚えは1ミリもないのですが、20年後、なぜか書けるようになっていました。単に忍耐強くなったということでしょうか? とにかく43歳で初めて小説を書きあげることができたのですから、私にとってはそこがベストタイミングだったとしか言いようがありません。受賞後に『巣』をつくろうと思いついたのも、小冊子の編集経験があったからこそで、いろいろと上手く繋がってくれたわけです。若手作家のフレッシュな輝きは魅力ですが、フラストレーションを溜めながら社会の中でもみくちゃにされ、時には知恵を絞り、必死で生きてきたことが、いざ書き始めた時にめちゃくちゃ武器になることを実感できるいぶし銀の遅咲き作家もそう悪くないことが学生さんたちに少しでも伝わっていたら嬉しいのですが……。なかなか難しいですね。私にとっても思いがけず自作品を若い方に読んで頂き、感想を貰えたことは本当に有り難かったです。

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