見出し画像

尾崎翠のエドガー・アラン・ポー翻訳#5「モレラ」の翻訳完成


「モレラ」の翻訳(尾崎翠に寄せたver)完成

はじめに&ちょっと言い訳

「モレラ」の翻訳(尾崎翠の文体に寄せたver)がやっと完成しました!
英文の意味解釈の点では、なんとかなったのではないかと思います。(創元推理文庫カンニングのおかげもあり…)

しかし、尾崎翠の文体模写に関しては、ほぼ失敗に終わってしまいました!
どうしても直訳調から脱却できないし、尾崎翠っぽくしようとして単に堅苦しい感じになってしまったかもしれません。。
せめて所々、他作品から収集した言葉や表現を応用して取り入れてみたので、万が一気づいてもらえたらうれしいです。
以下に全文を発表します!


エドガー・アラン・ポー 「モレラ」


私は友人のモレラを、深く、しかしまれにみる優しい愛をもって見ていた。何年も昔、偶然に彼女の知己のつきあいに身を投じたとき、初めて会ったときから、私の魂はかつてない情熱で燃えていたが、それはえろすの炎ではなかった。その炎の尋常ではない意味を定義することも、漠然とした熱情を統御することも決してできないことを次第に確信して、私の切望の心は苦しみ悩まされた。しかし、私たちは出会った。そして運命は私たちを祭壇の前に結び付け、私たちは結婚した。私は愛や情熱を語ることはなかった。しかし、彼女は社交を避けて私一人に愛着し、私に幸福を与えてくれた。それは不思議なほどの幸福だった。夢見るような幸福だった。

モレラの博識は深遠だった。私が人生を生きるにあたり、彼女の知性は並大抵のものではなく、彼女の精神力はおおきかった。このことを感じて、私は数々の問題について彼女の教え子になった。しかし、まもなく分かったのだが、モレラはおそらくプレスブルグの教育のために、私の前に神秘主義の書物の数々を持ってきた。その書物は通常は初期独逸文学から振り落とされたほんの切れ端と考えられているものだった。これらは私には想像できない何かの理由から、彼女のお気に入りの不断の研究であった。そして時がたつにつれて、それらは私自身の勉強の目的になった。それは、習慣と模範という単純だが効力のある作用のためであった。

もし私が間ちがえていなければ、私の思考力はほとんどなすべきことがなかった。私の信念は私の想像力によって影響を受けることはなかったし、少しかじった程度の神秘論の知識も、私が大きく間ちがっているのでなければ、私の行為にも思考にも作用しなかった。このことを深く確信した私は、さらに暗黙のうちに妻の導きに身をまかせ、大胆な精神をもって彼女の研究の錯綜の中に分け入っていった。そして、禁じられたペエジをじっくりめくり乍ら、魂が自分の中で燃え立つのを感じたとき、モレラはその冷たい手を私の手の上に置いて、死せる哲学者たちの灰の中から低い調子の奇異な言葉をかき集めた。そして、その風変わりな意味は私の記憶に焼き付いたのだった。それから何時間も私は彼女のそばに居るようになり、彼女のぞくぞくするような声の音楽にひたった。するとついにその旋律は恐怖とともに鳴りだして、私の魂に影のように落ちてきた。私は青ざめ、それらのあまりにもこの世のものとは思われない音色に心の内で震えた。こうして、突然喜びが恐怖の中に消え去り、最も美しいものが最も忌まわしいものになった。まるでヒンノムの谷がゲヘナになるかのようであった。

先に述べた書物から発生し、長い間モレラと私自身のほぼ唯一の話題を形成してきた議論についてくわしく述べる必要はない。神学的道徳と名付けられたものを学んだ人々には容易に想像できるであろうし、それを学んだことのない人々には総てにおいて少しも解されないであろう。フィヒテの多神教、ピタゴラス学派の修正教義、そしてとりわけ、シェリングによって主張された独自性の教義は、全般に夢想家のモレラにとっては、もっとも美を見出すべき論点であった。その独自性は個人と呼ばれることもあるが、ロック氏がそれは理性ある人間の単調さの中に存すると定義したのは、正にその通りである。個人という言葉によって我々は理知を持つ知的存在を理解し、常に思考を伴う意識というものが存在するために、その意識が我々総てをいわゆる「我々自身」にさせるのである。それによって我々を他の思考する人間と区別し、独自性を与えるのである。しかし、その独自性の観念は、つまり、死に際して失われるものであるのか、永遠に失われないものであるのかという観念は、私にとっては常に熱烈な興味の対象であった。ただしそれは、神秘的で刺激的な論理の本質に惹かれたというよりは、モレラがそのことに言及するときのはげしく扇動するような態度に惹付けられたのであった。

しかし実際には、妻の手法の神秘的教義が呪いのように私を圧迫するようになっていた。私はもはや、彼女の弱々しい指の感触にも、彼女の音楽的な言葉の低い調子にも、彼女の憂鬱な眼の光にも、耐えられなかった。そして彼女はすべてを分かっていたがとがめることはしなかった。彼女は私の弱さ、あるいは愚かさに気づいているようだった。そして微笑みながらそれを運命と呼んだ。私には分からなかったが、彼女はまた、私の敬意が徐々に遠ざかっていることの理由も分かっているようだった。しかし、私に真相のほのめかしや兆候を示すことはなかった。しかし彼女はやはり一人の女であり、日に日にやせ衰えていった。やがて頬には深紅の斑点が定着し、額に浮き出る青筋は顕著になっていった。一瞬私の心は同情に溶けかかったが、次の瞬間彼女の意味ありげな目に出会うと、私の心は病み、陰気な底の知れない混沌を見下ろすようなめまいで眼がくらんだ。

それでは、私はモレラの死の瞬間を食い入るように渇望していたというのか?その通りである。しかし、儚い魂は何日も、何週間も、うんざりするような何か月もの間、彼女の肉体という借地に執着していた。そしてついに私の苦痛にさいなまれた神経が精神を支配し、彼女の死期の遅れに怒り狂い、彼女の穏やかな人生が日暮れの影のように終わりに向かうにつれて、どんどん引延されていくように思われる一日一日、一時間一時間、その苦しい瞬間を悪魔のような心で呪ったのである。

しかし、風が空にじっと止んでいる、ある秋めいた午後、モレラは私を枕元に呼んだ。ほの暗い霧が地上一面に立ち込め、湖面には温かみのある色が広がる豊かな十月の森の葉の間には、天空から虹がまさに落ちてきていた。私がそばに来ると、彼女は熱情で震える低い小声で讃美歌の言葉をつぶやいていた。

(讃美歌のシーン 中略)

「まさにこの日が来ました」とモレラは言った。
「すべての日々のうちこの日が、生きるとしても死ぬとしても。地球と生命   
 の息子たちにとって清らかな日です。おお!天国と地獄の娘たちにとって
 はさらに清らかな日です。」

私は彼女に向き合い、彼女はつづけた。
「私は死のうとしています。でも、私は生き続けるでしょう。だからモレラ
 は、あなたの妻は、納骨堂に少しも恐れを持ちません。―私をよく見て!
 ―虫けらほどの小さな恐れさえも!あなたが私を愛したことは決してあり
 ませんでした。でもあなたは、生きている間ぞっとするほど嫌った私を死
 んだ後に恋い慕うでしょう。」

「モレラ!」

「もう一度言います。私は死にます。でも、私の中にあなたが私に懸けてく
 れた愛情の証があります。おお!なんて小さいのでしょう!そして私の魂
 が肉体を離れるとき、子どもは生をけるでしょう。―あなたとこ
 の私、モレラの子です―しかしあなたの日々は悲しみの日々となるでしょ
 う。それはまるで糸杉が木々のうちでもっとも風雨に耐える木であるよう 
 に、永続的な悲しみなのです。あなたの幸福の時は終わります。ペスタム
 の薔薇は一年に二度咲きますが、喜びは人生で二度とは摘み取れないでし
 ょう。だからあなたは、詩人アナクレオンのように時を忘れて楽しむこと
 もなく、ギンバイカと葡萄の歓楽も見ないふりをして、メッカのマホメッ
 ト教徒のように生きながら経帷子きょうかたびらをまとうことになる  
 でしょう。

「モレラ!」私は叫んだ。
「モレラ!どうしてそんなことが分かるのだ?」
しかし、彼女は枕の上で顔をそむけた。彼女の手にわずかな震えが起こり、こうして彼女は死んだ。もはや彼女の声を聞くことはなかった。

しかし、彼女が予知していたように、―彼女が死にゆきながら産んだ、母親がもう息をしなくなるまでは呼吸することはなかった彼女の子ども、娘が生きていた。そして彼女は背丈においても知性においても奇妙なほど成長し、生れ出てきた母親に瓜二つであった。そして私はこの世で感じうると信じているよりもっと燃えるようなはげしい愛情をもって娘を愛した。

しかし、まもなく、この純粋な愛情の幸福は曇ってきた。暗闇、恐怖、悲痛が幸福な日々を曇らせたのである。私は子どもが背丈と知性の点で異常に早く成長したと言った。実際に奇妙なのは、彼女が体の大きさが迅速に成長したことである。しかし恐ろしい、おお!恐ろしいのは、彼女の精神の発達を見ている間、私に迫ってくる心乱れる思いだった。子どもの考えの中に大人の女の能力と才能を日々発見するとき、経験で得られるべき教訓が幼少期のおしゃべりの中から漏れ出てくるとき、そして成熟した知恵や情熱がそのあふれるような思索的な眼から絶え間なくかすかに光出ているのを見つけるとき、恐れずにいられようか?私の恐怖に満ちた官覚に対してこの総てが判然はっきりとしたとき、―私がもはや私の精神からそれを隠すことも、受け止めることに身震いするような認識から振り捨てることもできなくなったとき、心底恐ろしい疑惑が、胸をざわめかせる疑惑が私の精神に絡みつくこと、あるいは私の思考が葬られたモレラの夢物語やぞっとするような理論におびえて逆戻りすることに不思議はあろうか?私は運命が崇拝することを強いたこの娘を世間の詮索からかくまった。そして先祖代々の邸宅に厳格に隔離して、娘に関係するすべてのものに対して、苦しみもだえるような不安をもって見戍った。

そして数年が過ぎ、日々彼女の表情豊かで穏やかな神聖な顔を見つめ、円熟した姿を凝視するにつれて、私はその中に母親との新たな類似点を発見した。―憂鬱、そして死―そして漸漸だんだんこれらのいわば類似点の影は色濃くなり、さらに完全なものとなり、さらに判然はっきりと、さらに当惑させるものとなり、私にとってその類似点の数々はさらなる恐怖となった。彼女の笑みが母親に似ていたことには耐えられた。しかし、それから、その完全な同一性に恐れ慄いた。つまり彼女の眼がモレラそのものであることには我慢できたが、その眼はあまりにも頻繁にモレラの熱烈で目の回るような意図をもって私の魂の深みを見下ろしていた。そしてその秀でた額の輪郭に、絹のような頭髪の巻き毛に、その頭髪に埋められた弱々しい指に、そして彼女の話す音楽的な調子に、そして中でも、おお!その中でも、愛しい生きた娘の唇にのぼる死んだ母親の言葉遣いや言い回しに、私は焼き尽くすような思いと恐怖の糧、消えることのない悔恨の種を見出した。

このように、娘の人生の十年間が過ぎたが、娘はまだ名前がないままだった。「わが子」「私の愛」というのが常に父親の愛情によって駆り立てられて発する呼び方であった。彼女の日常を厳格に隔離し、その他すべての社交を排除していた。モレラの名前はその死に際して彼女とともに死んだ。母親について私は決して娘に話すことはなかった。話すことはできなかった。実際に、娘の短い人生の後半のほうでは、彼女の生活の限られた範囲によって提供される事柄を除いては、外の世界から何も影響を受けなかった。しかしついに、おじけづきかき乱れる私の心に、洗礼式のことが浮かんできた。それは、運命の恐怖からの当面の解放であった。洗礼盤の前で私は名前を言うのをためらった。賢さ、美しさをあらわす名前、古風あるいは今風の名前、わが母国または外国の名前の数々が、私の唇に押し寄せてきた。―優しい、幸福で善良な、正当な名前の数々が―そのとき、何者が葬られた死の記憶をかき乱すように私を駆り立てたのだろうか?いかなる悪魔がその音を発するように私を促したのだろうか?まさに記憶においてその音は、頭から心臓へ紫色の血潮を引いたり上げたりするのを常としていたのである。ほの暗い側廊の真ん中、夜の静けさの中で、私が牧師の耳にその音節を吐いた時、いかなる悪霊が私の心の奥からささやいたのか?。「モレラ」という音節を?悪霊以上の何者が、娘の容貌に戦慄を起こし、死の色相を一面に広げたのだろうか?私の声にびくっとして、彼女は生気のない目を地上から天上へと向け、先祖代々の納骨所の黒い石板の上に突っ伏して返辞へんじした。「私はここにいます!」

まぎれもない、冷ややかに、静かに、まぎれもない音、身の毛のよだつ死を告げる鐘のような永遠の音が私の魂の内に染み込んできた。年月―年月は過ぎ去るであろうが、その時の記憶は決して過ぎ去ることはない!今や私は実際には花や葡萄の実る歓楽の世界を見ないふりをしていた。反対に、毒人参や糸杉の影は夜も昼も私についてまわった。そして私は時間や場所を考えることがなくなり、運命の星は天上から消え去り、私の魂は暗黒になり、地上の人々は飛び回る影のように私のそばを過ぎていき、すべての中で私は唯一、モレラだけを見ていた。大空に風は吹いていたが、私の耳には、海のさざ波のようにひとつの音がささやきかけていた。―モレラ、と。しかし彼女は死んだ。そして私自身の手で娘のむくろを墓穴に収め、そして、長く苦しい笑いで笑い続けた。私が二番目のモレラを横たえた墓穴の中には、一番目のモレラの痕跡がまったくなかったのである。
(終)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?